ノクターナル・アニマルズ 突き刺さった棘の痛みが無限に拡大していく恐怖

こ、こわい・・・ただならぬ雰囲気のポスターながら、トム・フォードの監督作品ということでおしゃれなサスペンスなのかな~ぐらいの気持ちで観に行ったらこれはもうホラーではありませんか。緊張しっ放しで身動きもできない2時間だった。主人公のスーザン(エイミー・アダムズ)はアートギャラリーを経営している設定で、冒頭から異様なアートシーンで幕を開ける。あ~トム・フォードだな、となぜかその瞬間に納得してしまったのだが。デブ専御用達のような特大肥満のおばさまたちが肉塊をぶるぶる揺らして全裸で踊る姿がモニターに映し出され(一つのモニターに一人の映像)、それぞれのモニターの前に置かれたガラス台の上にはご本人が全裸で死体のように寝そべっている。現代の前衛アート展覧会なのか。後のトラウマ化が目に見えるような怖ろしき映像の嵐。トム・フォードワールドの手荒い洗礼を受け、早くも降参ムード。

いや~な予感が漲る中、スーザンに20年前別れた前夫・エドワード(ジェィク・ギレンホール)から小包が送られてくる。その封を切ろうとして指を切ってしまうのが不吉。中身は分厚い小説で、題はノクターナル・アニマルズ、夜の獣たち。For Susanと彼女に捧げられている。もともとエドワードは作家志望で、二人が惹かれあったのもお互いアーチスト志望でシンパシィを感じたからだった。スーザンはその後、自分には表現する力はないと諦め、なかなか芽が出ないエドワードの才能にもむごい形で見切りをつけていた。送られてきた小説には、昔の作風とは違う、とエドワード自身のメッセージが添えられていた通り、彼女が知っている彼の作品とは違い、冒頭から読む者の心を鷲摑みにするような迫力に満ち・・・読み進むうちに彼女はエドワードが非凡な才能を開花させたことに気づきのめり込んでいく。映画という架空の世界の中で、小説という架空の世界が映像化されていく。思い起こせば、メリル・ストリープが印象的なフランス軍中尉の女は、映画の中で映画撮影が展開される話。マギー・チャンがベルリン国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞した香港映画・ロアン・リンユイも、ロアン・リンユイの人生を描きながら、登場人物を演じる俳優たちが彼女について語るという構成。もっと時代を遡れば、小説ではアンドレ・ジッドの贋金つくり。主人公が贋金つくりという小説を書く話だった・・・昔からこういう手法はあるのだろうが、入れ子細工のような凝った作りは魅力的だ。

エドワードが新境地を開いたその小説が、暴力的な内容で怖い。13日の金曜日とかペットセメタリ―とかのファンタジー系の怖さではなく、棘が突き刺さり、痛みがどんどん拡大していくような感覚の怖さ。偶然出くわしたならず者たちに幸せな家族が壊されていく。目を覆いたくなるようなシーンの連続で、途中で数人席を立つのが見えた。私も逃げたくなった。贅沢な家に住み、仕事では成功を収め、表面上は満たされているようにみえるスーザンだが、心には空洞を抱えており、実際いまの夫は破産寸前の上浮気をしている。彼女の実生活と小説中の無残に壊れていく家族が重なる。映画のフライヤーに、エドワードが彼女に小説を送ったのは愛からなのか、復讐なのかといったコピーがあった。小説は、妻子を凌辱の末殺された男が地元の刑事の力を借りて暴漢を殺害し、まさに復讐を遂げて息絶える幕切れとなっている。

かつて、二人の関係がうまくいかなくなった時、スーザンはすぐにそこから逃げようとした。そんな彼女を、誰かを愛した以上はそれなりに努力する必要がある、投げやりになってはいけないと諭したエドワードは、誠実で建設的で、復讐などという不毛な行為に執着する男性には見えなかった。また、スーザンになぜ書くの?と問われ、死にゆくものたちに命を与えたいから、消え去る運命にあるものを永遠に残したいからと答える彼からは、書くことに対する真摯で力強い姿勢が感じられ、不遇の日々を乗り越えてものした傑作が復讐のための産物とは思えない。

しかし、再会を約束したスーザンとの待ち合わせ場所にエドワードは現れない。やはり小説は復讐だったのか。エドワードは、不眠に悩まされるスーザンをかつてノクターナル・アニマルと呼んだ。小説のタイトルはまさにそれだ。ノクターナル・アニマルズによって幸せを奪われた男が復讐を遂げる物語。エドワードが彼女から受けた傷は途轍もなく深かったのだろう。彼女を愛するあまりに傷ついた自分を、小説を書くことによって殺したかったのだろうか。この小説は彼の再生への道だったのだろうか。暴力シーンも多いので後味が悪く、無条件でおすすめはできないが、色々な意味で心に残る一編となってしまった。オープニングの悪趣味な(と私には思われた)展覧会の後のパーティシーンで、トム・フォード自身のような?ゲイの男性が出てくるのもなぜか忘れがたい。パーティに集う人々は個性的で煌びやかなファッションに身を包んでおり(みな胡散臭くて下品な冗談を飛ばして喜んでいる)、エンドクレジットでは錚々たるデザイナーたちの名前が。さすがトム・フォード。そしてファッションデザイナーとしてだけではなく、映画監督としても並々ならぬ才能を発揮する変幻自在の表現者・トム・フォードがこれからどこへ向かうのか目が離せない。

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