シェルブールの雨傘 ジャック・ドゥミが誘う夢の世界へ

全編の台詞が歌という画期的なミュージカル映画。シェルブールの港が映し出され、ミシェル・ルグランの哀切極まりないメロディが流れる。俯瞰するシェルブールの町には雨が降り始め、傘の花が開く。降り続く雨の中、港を臨む街路で七色の傘がすれ違う。冒頭のこのシーンで観客は一気にロマンティックな夢の世界に連れ出される。映画のプロローグの醍醐味を思いっきり感じさせてくれる名シーンだ。雨の多い港町・シェルブールで雨傘屋を営む母・エムリ(アンヌ・ヴェルノン)と二人暮らしのジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は17歳。ガソリンスタンドで働くギィ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)という恋人がいる。若い二人の交際を心配するマダム・エムリをよそに二人は結婚を望むほど惹かれあっていくが、ギィにアルジェリア戦線への召集令状が届く。第一章の”出発”は、ギィの出征までを綴る。色とりどりの傘で華やぐマダム・エムリの店を始め、鮮やかな色を基調とした背景や衣装がおとぎ話の世界のようにスイートで可愛いらしい。まだ弱弱しい美しさのドヌーヴ(しかしこのときすでに一児の母だった)が纏うイエローのカーディガンやブルーのワンピース、ピンクのコート(髪にはリボン!)が素敵だった。ジュヌヴィエーヴがダンスホールでシトロン!とレモンジュースを頼むシーンがなぜか妙に好きだ。

母にギィとの交際を咎められたジュヌヴィエーヴはギィに結婚したいと縋る。そんな彼女に、召集令状が届き2年はフランスへは帰れないだろうと告げるギィ。これから生きていく支えになるような思い出を作ろうと最後の夜を共に過ごす二人。あなたなしでは生きられない、永遠にあなただけを愛するといった、若者同士の情熱が迸る最高に盛り上がる歌唱が繰り広げられる。ギィが自転車を引きながらジュヌヴィエーヴと歩くシーン、まるでベルトコンベアに乗っているかのようで謎だ。私はその謎っぽい歩行シーンがお気に入りなのだが。その翌日、別れを惜しみながらシェルブールの駅でギィを見送るジュヌヴィエーヴ。シェルブールの駅名が映し出され列車が離れていくシーンが切ない。

第二章・”不在”。その後妊娠が判明し、一人不安に耐えるジュヌヴィエーヴ。ギィからの手紙も途絶えがちだ。第一章に、マダム・エムリが経済的苦境に陥り宝石を売ろうとジュヌヴィエーヴを伴って質屋を訪れるエピソードがある。そこに居合わせた宝石商のローラン・カサール(マルク・ミシェル)が宝石を買い取って救うのだが、彼はその時ジュヌヴィエーヴに一目惚れしていた。彼はどんどん大きくなっていくお腹を抱えたジュヌヴィエーヴにそれを承知で結婚を申し込む。途方に暮れていたジュヌヴィエーヴは彼を受け入れて結婚する。このカサールという男性、監督のジャック・ドゥミがシェルブールの雨傘に先立って撮った”ローラ”にすでに登場している。”ローラ”はドゥミの故郷である港町のナントを舞台にした作品で、初恋の人との子供を育てながらひたすら彼の帰りを待つ踊り子・ローラの物語。カサールはローラに恋するが叶わない。”シェルブールの雨傘”では、昔ローラと言う女性に失恋して傷つき、世界の果てまで旅をしたと語っている。その過程で富を築いたのか。カサールが思い出を辿るシーンではナントの奇観・ポムレィ路地も映し出される。ドゥミの映画を見続けているファンにはうれしい。シェルブールの雨傘で語り継がれた物語はのちに”ロシュフォールの恋人たち”で再び語られる。心憎い演出。

第三章・帰還。帰還したギィはジュヌヴィエーヴの結婚を知らされる。出征前、二人で最後の時を過ごしたカフェを訪れるギィ。残ったのは思い出だけだ。傷ついた彼に追い打ちをかけるように育ての親である最愛の伯母が他界する。そんな彼を支えてくれたのは伯母を甲斐甲斐しく介護したマドレーヌだった。マドレーヌの献身的な愛に気づいたギィは彼女と結婚し、子供をもうける。伯母の遺産で購入したガソリンスタンドの経営も軌道に乗り、やっと幸せをつかんだギィ。ある雪の降る12月、クリスマスを迎えようとする頃、今はパリで暮らすジュヌヴィエーヴがマダム・エムリの葬儀の帰路、偶然ギィのガソリンスタンドを訪れる。予期せぬ再会。車の中で無心で窓ガラスの雪と戯れる少女・フランソワーズはギィの娘である。ジュヌヴィエーヴはギィに娘に会うかと尋ねるが、ギィは首を振り、もう行った方がいいと促す。ジュヌヴィエーヴの車が去った後、買い物から帰ったマドレーヌと息子・フランソワと雪の中で遊ぶギィ。かつて、子供には女の子ならフランソワーズ、男の子ならフランソワと名付けようと語り合っていた二人。今はそれぞれに幸せなのだ。何度見ても泣けるラストシーン。

ジャック・ドゥミの作品は、市井の人々を優しい目で描いたものが多い。シェルブールの雨傘では戦争で引き裂かれる恋人たちを描きながら声高に戦争を批判するトーンもなく、そこも彼の持ち味だと思う。ラ・ラ・ランドの監督・デミアン・チャゼルがドゥミの影響を表明し、再び注目が集まっているのはオールドファンにはうれしい限りだ。彼の妻で映画監督であるアニエス・ヴァルダが彼の人生を映画化した”ジャック・ドゥミの少年期”(これも涙なしでは見られない・・・オールドフレンチシネマファンにはたまらない作品)で、未婚のままお腹が大きくなっていくドゥミの幼馴染が描かれていた。シェルブールの雨傘のジュヌヴィエーヴにも幼い日の思い出が投影されているのだろう。そんなエピソードにもドゥミの優しさを感じる。

ナント出身のドゥミには港町を舞台にした作品が多いのも特徴だ。シェルブールの雨傘を始め、先に触れたローラ、ロシュフォールの恋人たち、カジノに狂う人々を描いた天使の湾然り。様々な人々が訪れては去り、出会いと別れを描くのに打ってつけの場所でもある。この夏、ローラと天使の湾を渋谷のイメージフォーラムで鑑賞したので、連鎖反応か最近久しぶりにシェルブールの雨傘を見返した。そのほとんどのフランス語の台詞(歌詞)が聞き取れる自分に驚き悦に入っていたら、思い返せば学生時代、フランス語の授業で暗記させられた経緯があった。役に立たないことはよく覚えているものだ。先生は勉強したがらない学生がせめて興味を持ちそうな主題を選んで下さったのだろう。当時は知る由もなかった先生の愛を感じた。

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