サビーヌ マンディアルグが言葉の贅を尽くして描く少女の孤独

10代、20代、背伸びしたい盛りの頃大好きだったピエール・ド・マンディアルグ。初めて読んだのは海の百合だっただろうか。めくるめく官能の世界にのめり込み、夢中で彼の作品を読み漁った。邦訳が出ているものはほとんど読み尽くし、その後難解で泣かせる原文にも挑んだものの、やはり難攻不落の観があり苦戦した。他に例を見ない特異な持ち味に惹かれずっと畏敬の念を抱き続けてきた作家。中でもこのサビーヌは、短編で最も好きな作品の一つである。ほとんど行きずりの相手にホテルの一室で身を任せ、その部屋で2回目の密会の前に命を絶とうとする10代の女の子・サビーヌの話。少年の孤独はよく小説のテーマになるが、こちらは少女の孤独を描いていて珍しい。

森の県道沿いにあるそのホテルの部屋は内装が真っ白で、川獺の剥製が壁に釘付けにされている。別名川獺の間。純白の空間に無力な犠牲者。サビーヌの姿に重なる。川獺の間の白さを”雪と氷と銀とからできているかのよう”って表現する感性に痺れる。そもそもマンディアルグの場合、煌く感性が随所で炸裂しているので、最初から最後まで痺れっぱなしと言っても過言ではないのだが。その輝く白さが血しぶきで汚されるーぞっとするような血溜まりの中にタオルが浸かっているーこの対比の美しさ。おまけにバスタブに張った熱湯の湯気のために、湿った紙に描かれた淡彩画の絵の具のように血があちこちで滲んでいる。眩暈がしそうである。サビーヌは破瓜を体験したその部屋で、同じように流血によって死のうと思う。最後に鏡に自分の姿を映してみようとするが、相手の男・リュック中尉の面影が浮かんできて通せん坊をし、うまくいかないーこれも痺れる表現である。

リュックはある夕暮れ、森のベンチで暇をつぶしていた彼女を偶然見つけ、いきなり抱き寄せてキスした。サビーヌはいたく感動した。それまで彼女にキスした男は一人もいなかったからである。ただそれだけの理由で彼女は彼についていった。リュックはホテルの庭でつかみ取ったまだ青く硬いすぐりの実を無理やりサビーヌに食べさせる。涙が出るような代物。一度きりの乱暴な行為のあと、欲望を満たしてしまえば男は彼女に用はなく、機嫌を損ねては彼女を殴り、ホテルに置き去りにさえする。リュックは度々そのホテルで相手を変えては情事を楽しんでいたのだった。二度目の約束の日を迎え、明日が来る前に死んでしまおうとそのホテルを目指して歩く彼女を車のライトが照らし、彼女の影は突然素早く遥か前方に投げ出される。それは彼女が深部までずたずたにされた記憶の残る浴室で血管を断ち切ることによって自分の肉体から引き離そうとしている生命の姿でもあるかのようー慄然とするイメージだ。続いて彼女の流血の歴史が語られる。サーカスの綱渡り芸人を真似て月明かりを浴びて塀の上で飛び跳ねようとして失敗し、鉄柵に落ちたとき。ボクサー犬に噛みつかれたとき。彼女の母親は彼女を産み落とす際に亡くなった。まさに流血で命を落としたのだ。流血の歴史は女人の業の歴史でもある。

サビーヌが白銀の部屋のバスルームでおそらく命を失おうとしている頃、ホテルの前の砂利道が暗闇から浮かび上がる。月を覆っていた雲が、まるで自分と同じ背丈の灯台のガラスをゆっくり拭いている巨人の手に握られたスポンジのように、だんだん遠のいていったからだ。そしてホテルの庭はむごいばかりの黄色い月明かりで満たされるーこの描写には陶然となる。雲はサビーヌの意識のように徐々に遠ざかり、代わりに隠れていた月が凄まじい失血の如き鮮烈な色彩を与える。小さな狐が羊歯や木賊を踏んで灌木の下へ走り去り、毒茸が苔の上に顔をのぞかせている。最後、マンディアルグは、今の季節が終わるまでには、庭のすぐりの実は胸がむかつくぐらい酸っぱくなっていることだろう、と結ぶ。初めて読んだのは10代も終わりに近い頃で、頭に血が上って動けなくなるような衝撃を覚えた。学校で推奨される小説にはない悪魔的な魅力に圧倒された。特にこの最後のパラグラフが好きだ。月の光で煌々と照らされる道。小動物の姿。毒々しい茸。爛熟の果てに腐敗していくすぐりの実。寂寥とした光景。孤独な少女が破瓜から死に誘惑されていく様子と相俟って、戦慄を覚えるほど美しい。

マンディアルグはよく(その活動時期から時代的に)遅れてきたシュルレアリストと称された。燦然と輝くイメージ描写は確かにシュルレアリストチック。彫心鏤骨の作業を重ねる創作過程は自動記述から出発したシュルレアリスムの作家とは一線を画しているようだが。特に視覚から得た情報を言葉の贅を尽くして語るのが特徴的なマンディアルグ。そこには心理描写などなく、一切の倫理的解釈を拒否している。読者にとっては彼の作り上げた極上の架空庭園に遊ぶことが何よりの幸せである。ちなみに私はマンディアルグと誕生日が一緒なのが思いっきり嬉しかったりする。

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