ルートヴィヒ 最後の貴族・ヴィスコンティの絢爛豪華な歴史絵巻

バイエルン王・ルートヴィヒ2世を側近たちの証言をもとに描くヴィスコンティの豪華絢爛な歴史絵巻。何十年も前に岩波ホールで観たのは3時間版で、日本での副題は神々の黄昏。当時はそれで充分酔い痴れたものだが、最近オリジナルに近い4時間の超大作・復元版を鑑賞し、最初のヴァージョンまでの縮小を余儀なくされたヴィスコンティの無念に思いを馳せた。これこそ彼が描きたかったルートヴィヒだろう。ノイシュヴァンシュタイン城をはじめとする城の豪華な設え、王侯貴族たちのファッションを見るだけでも大満足な上、それ以上に内容が濃い。史実に忠実で、重厚な見応えのある作品である。若く美しい皇太子・ルートヴィヒ(ヘルムート・バーガー)19歳の煌びやかな戴冠式のシーンから、彼が無残な狂人に慣れ果て謎の死を遂げるまで。時の流れの残酷さを感じさせる。

女性に興味を示さなかった彼が唯一シンパシィを感じたのが従姉のオーストリア皇后・エリーザベト(ロミー・シュナイダー)だった。二人はともに芸術を愛し、気まぐれに公式行事を欠席したりする奔放さも似ていた。威厳に満ちたロミー=エリーザベトの美しいこと。エリーザベトは自分の容姿を美しく保つことに異常な執念を燃やしたと言われ、終生ウエスト51センチという驚異的なスタイルを保ったと伝えられているが、ロミーのウエストも信じがたいほど細い。若き日、プリンセス・シシィと呼ばれたエリーザベトを演じてオーストリアで国民的人気を誇ったロミーが再びエリーザベトを演じるとは、彼女は前世エリーザベトだったのではなどと思ってしまう。欧州一の美しい王と彼を称するエリーザベト。ルートヴィヒはエリーザベトと過ごす時間が一番幸せだったのだろう。彼女がいないと現実逃避するばかり。狷介不羈で他人を軽蔑し、夜一人森で馬を駆る姿は月光の恋人と呼ばれるルートヴィヒ。夫も子供も他人のようだと言い、自分の宮殿を陰気で忌まわしい牢獄と嘆くエリーザベトも孤独だ。

即位当初は偉大な芸術家を招いて王国の威信を高めると抱負を語っていたルートヴィヒはワーグナ―の庇護者としても有名だが、しかし王として最初に議会に指示したのがワーグナーを探せとは。ワーグナーの方が王族や国事よりはるかに大事だと言い張る。やはり最初から普通ではなかった。ワーグナーは浪費家の俗物として描かれている。贅沢三昧での窮状なのに、老獪な愛人コジマを従え哀れを装って王の援助を求めるワーグナー。王を翻弄して白い大型犬と戯れるシーンのワーグナー(トレヴァー・ハワード)の胡散臭さは最高だ。第三の男のキャロウェイ少佐を演じたのと同一人物とは思えない。ワーグナーに心酔するルートヴィヒは国庫から多額の援助を与える。20万グルデン。今の貨幣価値に換算するとどれくらいなのか。ワーグナーは本心では変人の家系の末裔と彼をバカにしているのに。。。コジマのシルヴァーナ・マンガーノも能面みたいな顔して欲が見え見えの策士の演技。指揮者のビューローという旦那がいながらワーグナーの子供を産んでしまうコジマ。彼女の父親はあのフランツ・リスト。音楽家の血が宿命的に二人を結びつけたのだろうか。

エリーザベトはワーグナーに傾倒するルートヴィヒを心配し、一人でいてはダメ、自分の妹のゾフィと結婚するよう諭す。エリーザベトの台詞が印象的だ。君主は歴史とは無縁、ただの飾り物。暗殺でもされない限りすぐに忘れ去られる。そう言い残した彼女が後に暗殺されてしまうとは皮肉だ。

普墺戦争が勃発し、前線に赴いた弟オットー(ジョン・モールダー・ブラウン)は戦況の不利を伝え、戦争をやめさせてくれとルートヴィヒに懇願する。しかしルートヴィヒは、できる限りの努力はしたつもりなので、自分にとってこの戦争は存在しない、王は戦争を知らないと伝えてくれと言い放つ。オットーはのち、精神に異常を来す。敗戦を告げる忠実な臣下・デュルクハイム大尉(ヘルムート・グリーム)が王の現実逃避を咎めるシーンが胸を打つ。世界は耐えがたいほど卑しく、そんな中に身を置くことを潔しとしない、自由に真実を追い求めたいと語るルートヴィヒに、本能と欲求のまま制限のない快楽に溺れることが自由なのではない、真の自由は万人のもので、誰もがそれを望む権利がある。義務を無視せず、社会の枠組みの中で存在理由を見つけることが人間の生きるべき道だと諫めるデュルクハイム大尉。反発するそぶりを見せながら静かに泣いたルートヴィヒは、彼の話を受けて結婚を決意する。信頼していたからだろう。エリーザベトの妹・ゾフィとの婚約。周囲は安心し、祝賀ムードで溢れる宮廷。しかしそれも束の間。自分の心に嘘はつけなかったのか。純粋すぎるのも問題で、王としてはまるで失格。ゾフィとの婚約は解消される。傷つくゾフィが可哀そう。

ワーグナーへの偏愛にとどまらず、ルートヴィヒは容姿端麗な俳優や侍者を寵愛する。ロミオを演じた俳優・カインツを気に入り、リンダーホーフ城に招いて延々と演技させるシーンが面白い。おりしも冬で白銀のリンダーホーフ城はため息がでるほど美しい。雪原を白馬の曳くそりで走るシーンも幻想的で。俳優との最初の対面は、神話を再現して城に作らせた白鳥が池に憩う壮大なスポットーヴィーナスの洞窟。そこにルートヴィヒは花で飾った、貝殻を模したヴィーナスの誕生を思わせる小舟に乗って登場。船首にはキューピッドの姿。俳優と食事しながら俳優の台詞回しに酔い痴れるルートヴィヒの瞳はまさにファーラウェイアイズ。夢のあわいにたゆたうよう。俗物の俳優は、ルートヴィヒがちらつかせた途方もない価値があろう宝石に目がくらみ、請われるままに朗誦を続ける。ルートヴィヒの贅を尽くした寝室でも演技を要求され、疲労困憊でもう無理だといっても、王は演技を強要する。ルートヴィヒの常軌を逸した振る舞いはかなり笑える。ヴィスコンティの格調高い大作にこんなシーンがあったとはちょっと驚き。

頽廃への傾倒は深まるばかりで、若き美男子たちとの目隠し鬼ごっことか飽くことを知らず、ツィターをバックに男性が脚を叩いて踊るバイエルン伝統のダンスのパフォーマンスの傍ら、みな放蕩の果てに疲れて雑魚寝したりする。サテリコンのオーストリア版だろうか。最後まで忠実な臣下は、何とか王を救おうと、王を愛する軍隊や民衆を動かそうと進言するがルートヴィヒは聴く耳を持たず。。。臣下の無念の涙が哀しい。終盤、精神鑑定の結果国を統治する能力はないと判断され捕らえられる、雨のノイシュヴァンシュタインの美しさも特筆すべき。そう、王はパラノイア=偏執狂と診断されたのだった。パラノイアなんて言葉、久しぶりに思い出した・・・最後、私は謎だ。他人にとってだけでなく、自分自身にも永遠の謎であり続けたい 一との言葉を残して水死体で見つかったルートヴィヒ。その死の詳細はいまだに謎である。

一国の王とはすごい存在なのだとしみじみ感じた4時間だった。最後の貴族と言った趣のヴィスコンティ、芸術を愛し終生独身を貫いた孤高の王に自身を投影したのだろうか。映画界が豪奢な芸術作品を作り出す力のあった時代に活躍し、このような贅沢な作品を残してくれたのは後世を生きる映画ファンにはありがたい限りだ。ヴィスコンティはよほど演技指導に優れた監督だったのだろう。ベニスに死す、のビヨルン・アンドレセン然り、スクリーンの外での彼を見ると本当に普通の男の子で、魔性の美少年の面影のかけらもないので愕然としたと同時にヴィスコンティマジックを思い知った。ヘルムート・バーガーの鬼気迫る演技もヴィスコンティの指導の賜物だろう。それにしても、ヴィスコンティの寵愛を受けた若き日のヘルムート・バーガー、美しかった。彼の魅力を最大限に引き出したのはヴィスコンティだが、ドリアン・グレイの肖像、悲しみの青春、の彼も忘れがたい。いいね、美青年。

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