Dress me up-帽子とフレグランスなしでは外出できない

いつからそうなったのかー帽子とフレグランスなしでは外出できない。素顔で出かけるのには抵抗ないのに、妙なこだわり。私の信条の一つ、物事にこだわらないことにこだわる、に反する執着だ。フレグランスの自分史は長く、10代後半からいろいろな香水に魅了されてきた。そもそもは、ココ・シャネルの”香水なくしてエレガントな女性は存在しない”という言葉を知ったことによる。自身の香水をひろめるための戦略だろうが、名言だと思う。古くはゲランのミツコ(30年ぐらい前、憧れのナスターシャ・キンスキーの愛用品とのことで興味を持った。濃厚で神秘的なオリエンタルムードの香り)にアビルージュ(フランス語で赤い乗馬用のジャケットを意味する言葉で、メンズ用フレグランス。馬を愛する私としてはたまらない)、ディオールのミスディオール(苔の香りというのがなんとも不思議)、ジヴァンシーがオードリー・ヘップバーンのためにプロデュースしたランテルディ(フランス語で禁じられたもの、の意。ヘップバーン以外の人が使ってはいけないという意味だそう)シャネルの傑作・No.5(これとCOCOを一番長く使っているかも)、などなど、随分と香水遍歴したものだ。

そして20世紀末の衝撃のフレグランス・ディオールのプワゾン!大好きで何度もリピートして使い、ふんだんにつけて出かけた。今思えば周囲にはいい迷惑だっただろう。プワゾンは日本のバブル時代を象徴するような香りで、とにかく流行った。甘く、挑発的で官能的。香水に毒と命名するセンスもいい。六本木の某カフェで、強烈なプワゾンの香りを感じ、?と見ると視線の先に山田詠美がいた、なんてこともあった。その後タンドルプワゾンとかピュアプワゾン、ミッドナイトプワゾンなどの支流が発表されたが、私はオリジナルの香りが一番好き。でも、今使う勇気はない。。。。少しつけただけでもかなりの芳香なので。最近、香水が歩いているっていうほど香らせている人は滅多にいない。21世紀に入って香りもナチュラルなライト志向になってきているのだろう。私は20世紀に流行った濃厚な香りが今でも好きだけど。

いま主に使っているのは去年かおととし?にLVが満を持して発表したフレグランス。7種類を一斉に世に問うたのだから凄い。今年の春、7種類全部のミニボトルの詰め合わせが出たので試しに買ってみた。その場ではどれが好みか判然としなかったものの、使ううちに好きな香りが明確になっていった。今は断然、Turbulencesのファン。乱気流ってネーミングも素敵、胸騒ぎする感じで。今度はTurbulencesのフルボトルを買ってみようと思う。

そして帽子の話。シャネルファンの私としては、これももしかしたらシャネルが帽子屋から始まったといういきさつに関係あるのかもしれない。シャネルの美容部長だったフランソワーズ・モレシャン女史が自著で、帽子はiの字の上の点の部分。それがあってこそ初めて装いは完成する、というようなことを語っていて、なるほどと思った。それを読んだのはほんの子供のころだが、ずっと心に残っていたのだろう。それに、映画・ボルサリーノの影響か。ボルサリーノのハットをかぶったジャン・ポール・ベルモンドの姿が忘れがたく。ハットにキャスケット、キャノティエ、ベレーにトリルビー(これは19世紀末のイギリス作家、ジョージ・デュ・モーリア作の小説のタイトルだと知り、なぜか感激した。邪悪な催眠術師、スヴェンガリについて調べていて偶然知った)、もう帽子は死ぬほど好き。

これは20年近く前に香港で購入したボルサリーノ。日本では花の装飾のあるボルサリーノは珍しい。なんともおしゃれな一品。購入時と変わらぬ美しさなのがすごい。さすが老舗の技である。

エレガントなシャネル。上の黒いハットはティファニーで朝食をのヘップバーンを思わせる。下のピンクのハットはハンドメイドで、買ってはいけないような値段だったのに、悪魔に魂を売ったファウストのごとく、帽子に魂を売ってしまった私は誘惑に勝てなかった。。。

日本の帽子メーカーでは、以前南青山に店舗を構えていたアナスタシア。上の写真はそこの5年ぐらい前の作品。今は全国のデパートに出店しているが、当時は南青山の店を訪ねていくのが楽しみだった。可愛らしい装飾を施した帽子が多く、夢のような空間だった。お店の方もみなさん感じがよくて、よく話し込んだりした。懐かしい。帽子は保管に場所をとるのでもうこれ以上増やせないほどになってしまった。でもまだまだ帽子の旅も続くのだろう。

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