家長の心配 無限の解釈を許す迷宮のダークファンタジー

カフカの短編。私にとってカフカは最も魅了される作家の一人で、彼が描いたワンダーワールドは何度読み返しても飽きない。初めて読んだのは遠い昔、新潮文庫の100冊に入っていた”変身”で、人間が毒虫に変身するという荒唐無稽な話に魅せられた。その後”審判”、”城”を読んで、カフカへの興味はさらに増した。特に審判だろうか。理不尽な展開で思いもよらぬ結末に呼び寄せられるK。Kとはカフカ自身だろうが、彼は終生精神の迷路をさまよい続けたのだろうか。20世紀には不条理という言葉が流行った。カミュのペストや異邦人と並んでカフカの諸作品も不条理文学の代表とされた。今は耳にすることもなくなった言葉である。

”家長の心配”は、”オドラデク”と呼ばれる謎の物体に気を病む男の話。日本語訳でほんの数ページの作品である。オドラデクという意味不明の名前を持つ、壊れた小さな糸巻きに似た物体(でも口を利いたり、動いたりする)が、神出鬼没の行動をとる。男の家の中を転々としたかと思えばしばらく姿を見せず、でも必ず彼の家に戻ってくる。相手が小さいので、子供に話しかけるような口調で名前を尋ねると、”オドラデク”と答え、どこに住んでいるの?と聞くと、住むところなんて決まっていない、と言って落ち葉がカサカサいう音のような笑い声を響かせる。そして会話は終わってしまい、何の進展もなく、オドラデクは再び姿を消したり現したりを繰り返す。男は、何の意味も目的もなく存在しているかのようなオドラデクが死ぬことなどあるのかと疑問に思う。生きとし生けるものは全て時と共に成長し、死に向かって進んでいくーしかしオドラデクにはそれはあてはまらない。自分が死んだあともオドラデクが生き残るだろうと考えるだけで、男は複雑な気持ちになる。なんとも奇妙な話だが、心に残る。カフカは一貫して因果律を排した世界を語り、無意識のうちに整合性を求める読者を惑わせる。それはファンタジーでもある。不気味な、無限の解釈が可能なダークファンタジーである。

オドラデクについて考えると決まって徒然草に登場する白うるりのエピソードを思い出す。僧侶が、ある法師を見て“白うるり”という名をつける。聞き手がそれは何の意味だと尋ねると、僧侶は、自分もそんなものは知らない、もしそんなものがあるとすればこの法師の顔に似ている、と答える。禅問答のよう。オドラデクの話に通底するものがあると思う。語感が面白くて笑いを誘うが、これも人間を不安に陥れる、正体不明の存在の表象だろう。オドラデクと白うるりは長いこと私の中で不条理の象徴だったが、割と最近新たに加わったのが村上隆のkaikaikikiだ。オドラデクと白うるりが滑稽な要素を備えながらも不条理の陰の部分だとしたら、kaikaikikiは陽!謎の存在ではあれ人々をハッピーにする。kaikaikikiを生み出した奇才・村上隆は、吉田兼好、カフカの衣鉢を継ぐ者かも知れない。

 

蛇足ながら、村上隆がLVとコラボしたモノグラムのマルチカラー、私は大好き。発表当時の参道LVでのプロモーションも素敵だった。今も15年近く前のマルチカラー・スピーディを愛用している。

 

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