昼顔 ブニュエルの韜晦趣味が炸裂ー美しき人妻の見る白日夢

もう50年も前の映画とは・・・でも時代を感じさせない問題作。
上流階級の若き人妻が、不可解な欲望に突き動かされて昼間は”昼顔”の源氏名で娼婦として客をとるというショッキングなお話。今昼顔というと、日本でヒットしたドラマ&映画を連想される方が多いようだが。。。

若く美しい人妻・セヴリーヌにはカトリーヌ・ドヌーヴ。今や齢70を超えた大女優も撮影時は23歳、ため息の出る美しさ。冒頭、彼女と医者の夫・ピエール(ジャン・ソレル)を乗せた馬車が森の中をシャンシャンシャンと鈴の音を鳴らして走り行く。楽しそうに見える二人なのに、なぜか突然彼女は樹に縛られて衣服を裂かれ、夫に鞭打たれる。冷たい泥を投げつけられて汚れていく。おまけに夫は馭者に彼女を乱暴するように指示する。全てが唐突で、観客を予期せぬ世界に迷い込ませる。

セヴリーヌは夫と訪れたスキーリゾート地で夫の友人であるユッソン(ミシェル・ピコリ)という男に出会う。このユッソンがさすがミシェル・ピコリと唸らせる悪そうな男ぶり。セヴリーヌは彼に嫌悪感を覚えるが、彼はセヴリーヌに興味を示し、彼女の潜在的な娼婦願望を見透かしているかのように彼女にパリの高級娼館について語る。心が騒ぐセヴリーヌ。憑かれたように娼館を目指すもののドアを叩く勇気はなく、枯れ葉の舞う公園のベンチで自分を持て余し、涙ぐむシーンが印象的。結局やはり自分の願望と娼館の誘惑に負け、足を踏み入れるのだが。そののち、昼顔の働く娼館を訪れるユッソンは自分の思う壺とばかりに彼女を見てほくそ笑む。セヴリーヌはそもそも夫との性生活に歓びを見出せない。妻として敬意を持たれ、愛されながらのセックスは彼女の本意ではないのだ。彼女の欲望は、自分を徹底的に蔑んで娼婦にまで身を落とし、感情を分かちあうことのない行きずりの男の欲望を満たしてこそ満たされる。

この映画はファッションも話題になった。洗練された美しさでトップデザイナーのファッションを着こなすドヌーヴ。彼女の衣装を担当したのがサンローランで、シューズがロジェ・ヴィヴィエ。サンローランが今こんな服を発表したら全身揃えたいくらい私にとっては憧れの服。シックなベージュのワンピース、ニットにパテントレザーと異素材を組み合わせたコート、黒い帽子にサングラス、ラスト近いシーンでの、白い襟がついた清楚な黒いワンピース。どれもシンプルで上品で、サンローランの傑作だと思う。モンドリアンルックやヒッピーのフォークロアファッションとはまた違うサンローランの魅力が全開である。

シューズのロジェ・ヴィヴィエも、個人的には一番好きなシューメーカー。パテントレザーに大きなバックルのついた、今でもヴィヴィエの代表作として現役のパンプスは、歩きやすいうえに女性の脚を美しくみせる逸品だ。以前、カトリーヌ・ドヌーヴが実際に履いたモデルを展示会で見た時は胸が高鳴った。今のより少し大きめのバックル。20世紀のおしゃれなパリジェンヌの足元を飾ったのだろう。真っ赤なパッケージでも有名なヴィヴィエ、当時は全然印象が違うベージュのパッケージで、それも上品で素敵だった。

昼顔に惚れ込んでしまう危険な客・マルセルにピエール・クレマンティ。この人が平凡な役を演じているのを見たことがない。ここでも狂気を感じさせる凶暴なやくざ者である。前歯が全て銀歯、革のコートにステッキを持った一種異様な出で立ち。彼女を追って自宅にまで押しかけるようになったマルセルを扱いあぐね、娼館を去ろうとするセヴリーヌ。マルセルは彼女をあきらめきれず、夫のピエールを待ち伏せして銃を放ち、逃げようとする過程で警官に射殺される。昏睡状態に陥るピエール、一命はとりとめるが、車椅子での生活を余儀なくされる。ある日夫妻をユッソンが訪れ、ピエールにセヴリーヌの行状を全て話すという。セヴリーヌはユッソンを止めようとはしなかった。こんな絶体絶命の時にもなんだかどうでもいいような顔をしているドヌーヴが私には魅力的。彼女は当時、演技ができる女優とは目されていなかった。誰も息の長い活躍を続け大女優となった今の彼女を想像できなかっただろう。この人を見ていると、継続は力なり、という言葉を思い出す。

白い襟付きの清楚なワンピース姿で優雅に刺繍しながら、ユッソンがピエールに全てを話すのを待っているセヴリーヌ。そこへピエールが車いすで現れ・・・なんと立ち上がって平然と飲み物を作るのだ。あっけにとられるセヴリーヌにピエールが尋ねる。何を考えていたの?あなたのことよ。そ、そんな・・・監督のルイス・ブニュエルには韜晦趣味があるようで、この映画も結局は妄想だったの?って感じの終わり方。すべてはセヴリーヌのマゾヒスティックな嗜好が生んだ夢だったのか。よき夫がいて、何不自由ない生活を送っている彼女がなぜ娼婦になってしまうのか。人間の心は謎。ドヌーヴのファッションとその美しさを楽しみながら、劇中の彼女が酔い痴れる禁断の世界を垣間見、人を煙に巻く演出に翻弄された・・・というのが私の感想だろうか。

ちょっと笑ってしまった、日本人が娼婦を買いに来るシーン。その日本人が話している日本語、私にはわからない・・ということは日本人ではない。(たぶん韓国人だと思う)フランス人にとっては(ブニュエルはスペイン人だが)日中韓人どれも同じなのだろう。彼は娼館のマダム・アナイス(ジュヌヴィエーヴ・パージュ)にこのカード使えるか?と尋ねるが、そのカードの名前がゲイシャクラブカード( ;∀;) 即マダムに駄目よ使えないわと却下されていた。↓の男の人、昔の力道山みたい。謎のおもちゃを持ち込んでくる。

ゲイシャクラブカードというネーミングセンスが素晴らしく、昼顔というと反射的にこのシーンを思い出すくらい気に入っている。ディテールの面白さを楽しむのも映画鑑賞の醍醐味。野に咲く昼顔は朝顔と違ってなんだか淋し気。昼顔の花を見ると、なぜか幼いセヴリーヌが聖体拝領を頑なに拒否するシーンが浮かんでくる。自分の気持ちを偽れない真面目な女の子だったのだろうか。成長したセヴリーヌも、昼顔という名で真面目に妄想に取り組んでいるのが痛ましい気もする。

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