トリコロール 青の愛

クシシュトフ・キェシロフスキという舌を噛みそうな名前のポーランドの監督を知ったのは、二人のベロニカでだった。それぞれポーランドとフランスに生まれた、同じ名前と容姿を持つ二人のベロニカの物語。カンヌで主演女優賞を受賞したイレーヌ・ジャコブの凛とした美しさが光った。ドッペルゲンガーをテーマとした怪異な物語ではなく、静謐な雰囲気に満ちた不思議な物語だった。その監督がフランス国旗の三色をモチーフに、それぞれが象徴する自由、平等、博愛をテーマに撮った三部作の第一部がこちら。交通事故で夫と娘を失った女性の物語である。高名な音楽家の夫・パトリスと可愛いさかりの娘と共に、何不自由ない生活を送っていたジュリーは突然の出来事で不幸のどん底に突き落とされる。自身も重傷を負い、満身創痍の上、夫には数年来の愛人がいたことを知る。まして愛人は妊娠中で・・・辛い展開。ジュリーを演じるのは、この演技でヴェネツィア国際映画祭の女優賞を得たジュリエット・ビノシュで、悲しみと絶望の表現が見事だ。

パトリスにはオリヴィエという新進作曲家のパートナーがおり、二人はフランス政府からヨーロッパ統合祭のために演奏する曲の作曲の依頼を受け、制作にいそしんでいた。オリヴィエはパトリスとの共同作業の過程で知り合ったジュリーをひそかに愛するようになっていた。このパトリス役、なんとジュテームで嫉妬に狂うゲイ青年を演じたユーグ・ケステルで、数十年ぶりの再会にびっくり。彼はジェラール・フィリップ賞を受賞したこともある生粋の演劇青年なのだそうだ。

ジュリーもかねてからオリヴィエが自分を愛していることに気づいていた。絶望の中で彼を求め一夜を過ごすものの、すぐに悔恨の念にとりつかれ自分を責めるジュリー。自らを罰するように、泣きながら掌を石塀にこすりつけて歩き、血がにじみ出るシーンが忘れがたい。オリヴィエとのことは忘れようと努め、その後誰にも告げずに新天地で暮らし始めるジュリー。オリヴィエは行方知れずになった彼女を探し当て、パトリスの死で頓挫した欧州統合の協奏曲”自由、そして愛”を一緒に完成させようとする。この、自由、そして愛が感動の名曲。ギリシャ語でコリント人への手紙が合唱される。もちろんギリシャ語はわからないが、このコリント人への手紙は、今までに読んだ愛に関する文書の中で最も感動したもののうちの一つ。

たとえ私が天使たちの言葉を話しても 愛がなければ虚しい限り ただ鳴り響く鐘に過ぎない

たとえ私に予言する力があっても たとえ私が奥義に通じていても あらゆる知識に通じていても 山を動かすほどの信仰があっても 愛がなければ無に等しい 無に等しい

愛は寛容なり 愛は善意に満ちる 愛は決して妬むことなく 決して高ぶらない

愛は耐え忍び、全てを信じる 全てを望み ひたすら耐える 愛は決して滅びることがない

予言はいつしか終わりを告げる 言葉はいつしか沈黙する 知識もいつしか消滅するだろう

残り続けるのは信仰と希望と愛 この三つの中で最も尊いのは愛 最も尊いのは愛

曲を完成させ、ジュリーはオリヴィエの愛を受け入れる。この合唱が鳴り響くラストシーンでは涙が止まらなかった。一人の女性が絶望の淵から再生し、悲しみから解き放たれる姿に、トリコロールの青のテーマ・自由を重ねたところが心憎い。ブルーを基調とした映像も美しかった。自己を回復する過程で、夫の愛人を許し、財産を彼女とその子供に譲ろうとまで考えるジュリー。死んだ夫の残した曲を仕上げながら、彼女は夫を理解し、無限の愛情をもって彼を讃える。いわば崇高な精神を身に着けていく。ただ演じるジュリエット・ビノシュはそんな寛大で心の美しい女性には見えなかった。絶望の底で慟哭する演技は素晴らしいけれど、彼女の真骨頂はやはり無邪気な顔した悪女だと思う。夫・パトリスは二人の女を同時に愛した罪な男。しかしそれだけ心が豊かだったともいえるのか。彼が残した壮大な協奏曲の世界観は、愛はあらゆる既成概念を超え、それだけで価値があるものだと訴える。彼の言葉として引用される”人間は天使ではない。だから愛が必要なのだ。そして愛が生まれた時には力を尽くして育て、守らねばならない”は印象的。

 

 

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