ティファニーで朝食を カポーティが描く都会のおとぎ話

このタイトルを聞くと、恐らく多くの人々がオードリー・ヘップバーンが主演したおしゃれなラブ・コメディを連想するだろう。冒頭、ジヴァンシィのシックな黒いドレスを身にまとった彼女がティファニーの前でコーヒーを片手にデニッシュペストリーを食べるシーンはあまりにも有名だ(ゴージャスな衣裳と紙コップのコーヒー、デニッシュとのギャップがおかしい)。様々な色が混じり合った髪、オーバーサイズのサングラス、首には何連だろうか贅沢な真珠のネックレスにダイヤ。彼女を飾る小道具も素敵で子供心に強烈に憧れた。

 

トルーマン・カポーティという原作者の名前を知ったのは高校生の頃、偶然彼の短編集を読んだことによる。タイトルはA tree of night、夜の樹。収められていた短編はどれも20代の青年が書いたとは思えないほど完成度が高く、研ぎ澄まされた感性が光るものばかりだった。特に好きだったのがThe headless hawk、無頭の鷹、とShut a final door、最後の扉を閉めて。前者はドッペルゲンガーを愛してしまう男の物語。愛する人間の中にいつも自分自身の壊れたイメージが見えるという慨嘆も印象的な彼は孤独な男。後者は自分自身に嫌気がさして逃げようとするがドッペルゲンガーに追いかけられる男の話。他にもドッペルゲンガーを取り上げた幻想的な作品があり、神秘的なものに惹かれる年ごろだった私はカポーティに興味を持った。そしてティファニーで朝食をの原作、Breakfast at Tiffany’sに辿り着いたのである。

小説は、今は作家になった主人公が駆け出し時代に住んだ部屋を懐かしく思い出すシーンから始まる。この立ち上がりがわくわくするーごちゃごちゃした、古い、陰気な部屋だが、ポケットに手を入れてこの部屋の鍵に触れるといつも気持ちが昂揚した。初めての自分自身の部屋で、自分の本があり、鉛筆立てには削られるのを待っている鉛筆があり、作家になるために必要なものすべてが揃っているように思えたからー希望に満ちた若者の活力が頼もしい描写である。そのアパートで彼の下の階に部屋を借りていたのが魅惑のヒロイン・ホリー・ゴライトリーで、彼は彼女を回想する。いつも鍵を忘れて、深夜帰宅すると上階の彼の部屋の呼び鈴を押し、ドアを開けさせたホリー。彼女の名刺にはミス・ホリディ・ゴライトリー(Holiday go lightly、お休みの日は楽しくいきましょう)、トラヴェリングと印刷されている。なんともチャーミング。白子のようなブロンドと黄色、黄褐色と自分で複雑に染め上げた髪、朝食に出されるシリアルのように健康的な雰囲気で、石鹸とレモンの清潔さがあり、頬はピンク色に輝いているホリー。子供時代は過ぎたがまだ大人の女にはなりきっていない顔つきで、16歳にも30歳にも見えるー実際にはもうすぐ19歳。この描写からはオードリー・ヘップバーンの顔は思い浮かばない。しかし、初めて会った時のホリーー細身の黒いシックなドレスに黒いサンダル、小さな真珠のネックレスを身に着けて、いかにも上品で細い体つきをしていたーこの一節を読むと、ジヴァンシィのリトルブラックドレスに身を包んだヘップバーンが登場してしまう。

後にカポーティのインタビュー集を読んで驚いたのだが、彼はティファニーで朝食を、をミスキャストだらけ(特に日本人写真家を演じたミッキー・ルーニー)でへどが出るなどとこきおろし、ヘップバーンをホリー役に起用したのは製作者側の背信行為だと糾弾している。ヘップバーンとカポーティは非常に親しい友人同士だったものの、カポーティ曰く、ホリーは、シックで痩せた、骨ばった顔をしたヘップバーンとはタイプが違う。彼女はとても頭のいい女の子だがヘップバーンとは全く違う意味で頭がいいのだという。オードリー=ホリーとしてインプットされている読者は困惑してしまう話だ。当初カポーティは妖精のようなヒロインにマリリン・モンローを望んでいたといい、後には、ジョディ・フォスターがホリーに打ってつけだと語っている。社会派映画でアカデミー賞を二度受賞した彼女とホリーのイメージは重ならないが、少女の頃、タクシードライバーやダウンタウン物語に出ていたころの彼女はほわーんとした雰囲気で、カポーティは当時の彼女を思い描いていたのだろうか。モンローにせよフォスターにせよ、いかにもシックで痩せている、という印象はないのだが。。。ホリーは南部からニューヨークにやってきた女の子で、カポーティはアメリカの南部美人を想定していたのだろう。それをヨーロッパ出身のヘップバーンが演じるのでは素地が違い過ぎたのか。以前さゆりというアメリカ映画があった。日本の芸者の物語で、主人公の芸者を中国の国際スター・チャン・ツィイーが演じると聞いて違和感を覚えた。そのとき、カポーティがティファニー・・の映画版に激怒したのもわかる気がした。

いずれにせよ、小説が世に出たとき、この魅力的なヒロインは熱狂的な支持を受け、カポーティの周りにいた社交界の女性たちは、自分こそがホリディ・ゴライトリーのモデルだとこぞって主張したという。カポーティとしては、彼が憧れていたプルーストが失われた時を求めてで試みたように、さまざまなモデルをホリーに昇華させたのだろう。1950年代の自由で奔放な女性像というと、ヨーロッパはフランス、悲しみよこんにちはでサガンが描いたセシル、我が日本では原田康子が挽歌で描いた怜子などが思い起こされる(未読だが、日本ではやはり50年代に、岩橋邦枝が逆光線という小説で奔放な女性を描いているらしい。かっこいいタイトルだ)。二人とも若さゆえの無分別の報いを受け、青春の終わりが暗示されているのに対して、ホリーは野性のイノセンスを保ったまま姿を消す。ホリーのその後の人生は語られていないが、主人公はホリーを、共に過ごした若く輝ける日々の中に封印してしまいたいのだろう。あのホリーが年を重ね、中年の失意を味わうなんて考えたくない。ホリーは現実の世界の桎梏から解き放たれた、天衣無縫な永遠のアイコンとして生き続ける。カポーティの描いたティファニーで朝食をは、めでたしめでたしで終わるわけではないものの、都会のおとぎ話でもある。

よく知られているように、カポーティは同性愛者だった。女性を性愛の対象として見ないせいか、彼の女性描写には乾いたタッチの洗練が感じられ、そこも彼の小説の大きな魅力である。ヘテロセクシュアルの世界とは別の愛の形。ティファニー・・・でも、随所にプラトニックラブが語られている。主人公とホリーがよく通ったバーのマスター・ジョー・ベルは、ホリーのことを、”体に触れたい”なんて欲望とは無縁の感情で好きだったと言う。カポーティ自身を投影した主人公の作家がホリーに抱いていたのも恋愛感情ではない。ホリーが、いつか自分の子どもたちをたくさん連れてまた帰ってきたいと語る大好きな街・ニューヨークへの愛、昔田舎で結婚していたホリーが年の離れた夫の家を飛び出した後、飼っていたオウムが”ルラメー、ルラメー(ホリーの本名)”としきりにホリーを恋しがって鳴いたというエピソード、捨て鉢になったホリーが飼っていた猫を雨あがりのハーレムで捨て、しかしすぐに後悔し、猫を探し歩いてあの猫と私はお互いのものだった、あの猫は私の猫だったと呟くシーン、みな温かいプラトニックラブで溢れている。

画像を入れるとどうしてもカポーティがくさした映画の印象が蘇るが、映画は映画で当時のニューヨークの街並みが美しくも軽やかに描き出され、小説と別物として見れば楽しい。(カポーティは、そんな魅力的な作品に仕立てた監督のブレイク・エドワーズを最低の男などと貶しているが(+_+))それにしてもオードリー=ホリーのティファニーファッションを真似した有名人のショットがたくさんあるのに驚く。シックと洗練の極みと言ったスタイルを再現する企画には共感するものの、どれも本家オードリーには遠く及ばない。マリリン・モンローそっくりさん大会と同じようなものか。オードリーにせよマリリンにせよ、エピゴーネンの出る幕はない本物の魅力とはこれかと思う。さすがだ。ちなみに、素敵なタイトルはカポーティが小耳にはさんだエピソードに基づくという。第二次大戦中のニューヨーク、ある土曜の夜。一人の中年男が海兵とデートした。彼は海兵のたくましい腕に抱かれて至福の時を過ごし、興奮さめやらず、感謝を込めて何か贈り物をしたいと思った。しかし二人が目覚めたのは日曜の朝で店は全て閉まっていた。彼ができることといえば海兵に朝食をごちそうすることぐらいだった。彼は海兵にどこか行きたい店はある?この街で一番豪華で高級な店を選んで、と言った。するとニューヨーカーではなかった海兵は、ニューヨークでおしゃれで高級な店といったらその一軒しか聞いたことがなく、じゃあティファニーで朝食をとろうと言ったのだった。

ティファニーがどれだけ有名だったかと言う話。

全編を彩る煌くようなホリーのエピソードはどれも何度読んでも飽きない。先述したホリーの外見描写をはじめ、ピカユーンという謎めいた銘柄の煙草を喫って、カテージチーズとメルバトーストが主食だとか、良家の子女とは程遠い生活ぶりもなんだか眩しかった。結婚する約束だった金持ちの御曹司の子供を流産し、入院した彼女を見舞った主人公は、彼女は12歳にもなっていないようにピュアで、雨水みたいに透明な瞳をしていたと綴る。件の恋人からの別れの手紙を前に、一気に年老いたような表情を見せるホリー。女っていうのはこの手の手紙を口紅もつけずに読むわけにはいかないのよ、と主人公に引き出しから化粧ポーチを取り出させて化粧し、悲しみに向け完全武装する。粋な強がり。

若くして時代の寵児となり、恐るべき子供と称されながら、文学賞の受賞という形では世間の評価を受けていなかったカポーティは、自分はもっと賞を受けるに値する作家だと信じていたという。同世代のノーマン・メイラー、ソウル・ベローなどはノーベル文学賞を受賞し、メイラーはさらに二度ピュリッツアー賞を受賞している。しかし、それらノーベル賞受賞者たちの作品が歳月と共に風化し、今や読まれなくなっているのと対照的に、カポーティの作品は21世紀の今でも読み継がれ、古典の相を呈している。私がかつて魅了された短編集然り、ティファニーで朝食を然り、今も燦然と輝く魅力に変わりはない。それもカポーティが本質的には人間の内面を見つめた、シリアスな作家だったからではないだろうか。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です