美味しいもの

美味しいものを食べに行きましょう、なんて言い方が好きではない。いつも食べているものが美味しくないってことではなく言葉の綾とは承知の上だが、普段の食事に失礼だ。誰にも共通する親しみやすい話題なのでテレビでもWebでも、美味しいものの話は多い。SNSも食べ物の話で溢れている。まずいより美味しい方がいいに決まっているし、美味しい食べ物は人を幸せにするとはいえ、その話題ばかりというのはある意味貧しいと思う。食事をとるのは生きていくために欠かせない行為だが、見方を変えれば本能を満たしているだけで、それを喧伝されても鼻白む。食べるために生きるのではなく、生きるために食べよとのソクラテスの言葉、味わい深い。

私にとってどんなに廉価で美味しい、もしくは高価で美味しい外食よりありがたいのは母や祖母が作ってくれた毎日の食事であり、忘れがたいのはそれを家族みんなで囲んだ食卓である。決して贅沢な料理ではなかったが、そこにかけがえのない幸せと愛があったから。運動会や遠足の時、母が作ってくれたおむすびや海苔巻き、唐揚げは、何よりのご馳走だった。年を重ね、家族構成も変わり、年長者を何人も見送った。でもあの幸せな食卓やお弁当の思い出は終生消えないだろう。では外食を楽しまないのかと言えば決してそうではない。最近縁あって某三つ星フレンチレストランに行ったのだが、店に足を踏み入れた途端に夢の世界が広がり、食事が供される前からもう三ツ星マジックは始まっているのだと実感した。絶妙なタイミングで運ばれてくる料理はもはやアートで、その瞬間に味わわれることを待っている。写真を撮る人など一人もいなかった。シェフとスタッフの揺るぎない矜持を感じ、伊達に星をとっているわけではないのだと感動した。私ももちろん美味しいものへの愛がある。それは自分で作れるものかも知れないし、安い屋台の人気メニューかも知れないし、評判の星付きレストランで供されるものかも知れない。美味しいものの可能性はどこにでも溢れている。いずれにせよ高級食材を駆使した一流シェフの料理でも、何の変哲もない家庭料理でも、差別せず感謝を込めて味わいたいと思う。普段の食事を軽視するような語弊があるので、美味しいものを食べに行きましょう・・・とは言わない。

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