火の接吻 ロミオとジュリエットの物語を運命のように引き受ける二人

この美しい邦題!観ずにはいられない。原題はLes amants de Verone、ヴェローナの恋人たち、ロミオとジュリエットの翻案である。20世紀末、フランスで恐るべき子供と称され、その才能を絶賛された映画監督・レオス・カラックスもこの映画に傾倒している。彼のアレックス三部作の最終作・ポンヌフの恋人の原題はLes amants du pont-neufと火の接吻の原題にそっくり。ポンヌフの恋人でのアレックスは口から火を噴く大道芸人だが、こちらの映画の主人公・アンジェロはムラノのガラス職人で、ガラスを吹く時に火が赤々と燃え上がる。そしてそのアンジェロに扮したセルジュ・レジアニをカラックスは汚れた血で起用している。汚れた血の最後、手負いのアレックスがそれを隠して愛しいアンナの許にたどり着くのはまさにアンジェロの最期と一緒。カラックスがオマージュを捧げたくなるのもよくわかる、魅力的な悲劇なのである。

カンヌ映画祭でグランプリに輝いたクロード・ルルーシュの”男と女”の印象が強いアヌーク・エーメ。冬のドーヴィルを舞台に、ムートンを上品に着こなす大人の女っぷりが素敵だった彼女、火の接吻ではその若き日の瑞々しい美貌を堪能できる。水の都・べニスの没落した名家の令嬢・ジョルジアが彼女の役。ロミオとジュリエットの映画を撮るために街を訪れたプロデューサーと女優が、撮影で使う年代ものの調度品を探してジョルジアの屋敷にやってくる。当主のエットーレは家名を誇り過去の栄華に執着し続け、その徒弟アメデオは戦傷により精神に異常を来しており、機関銃を撃つポーズを絶えず繰り返す。これがのちの悲劇の伏線となっている。エットーレの妻も家政婦もみな風変わり。変人ばかりの中でジョルジアだけが清純な美しさを放っている。一家はラファエレという男に経済的援助を受け、ラファエレはジョルジアの婚約者になっているが、ジョルジアは彼を嫌っている。ジョルジアは女優に職を紹介してくれと頼み、女優は撮影所に来るように言う。ちょうどロミオとジュリエットで一番有名なシーンと思しきバルコニーでの逢瀬を撮るところで、ジョルジアは女優のスタンドインの仕事を得る。ムラノのガラス職人・アンジェロは女優のファンで、彼女見たさに撮影所を訪れると、なぜかエキストラと間違えられて衣裳を着せられる。いざ撮影が始まると、ロミオを演じる役者が高所恐怖症で高い縄梯子を登れない。後ろ姿の撮影なので、急遽アンジェロが代役を務めることになり、縄梯子を登ってバルコニーにたどり着くと、そこにはジュリエットに扮したジョルジアがいて・・・二人は一目で恋に落ちる。運命に引き寄せられるように全くの偶然からロミオとジュリエットを演じた二人が、現実の恋人同士になってしまうなんて、なんてロマンチック!

監督のアンドレ・カイヤットの書下ろしのストーリーを枯れ葉で有名な詩人のジャック・プレヴェールが脚色した作品で、詩人の感性が随所に煌く名作である。カイヤットは社会派の作品で広く知られていたのが、こんなに甘美な映画も撮っていたのかと驚いた。ベニスでのロマンスというと当時はキャサリン・ヘップバーンの”旅情”が有名だった。それが火の接吻で恋する二人が薔薇の花で飾られたゴンドラに乗るシーンを見て以来、ベニスと言えば断然こちら!と思うようになった。映画では、撮影隊がロミオとジュリエットゆかりの地、ヴェローナを訪れることになり、二人も同行して夢のような日々を過ごす。しかしムラノのガラス職人に名家の令嬢はやれないということで、ジョルジアの家人は与太者に頼んでアンジェロを殺そうとするが失敗する。ジョルジアの父は自らアンジェロを手にかけようとし、アンジェロはそれを逃れながらも、気のふれたアメデオの乱射した銃に撃たれる。命からがら撮影所のジョルジアの許にたどり着いたアンジェロだが、ジョルジアの腕の中で息絶え、絶望したジョルジアは動脈を切って後を追う。まさにロミオとジュリエットを地で行ってしまった二人なのである。

上のゴンドラの二人幸せそう。激しい恋のさなかにいて、もうお互いしか見えない状態の二人。羨ましい。セルジュ・レジアニはやんちゃでコミカルな顔立ちながら、若い頃はそれなりにかっこいい。赤々と燃え盛る火をバックに仕事するガラス職人は頼もしく、レジアニの野卑な魅力が炸裂する。私がジョルジアだったらやはりこの人に恋してしまっただろうと思わせる演出はさすが。

モンパルナスの灯然り、ローラ然り、81/2然り、愛よもう一度然り・・・改めて思い出すと、私が観てきたアヌーク・エーメの主演作はそれこそ女ざかりの彼女の魅力がいっぱいだが、若き日の彼女と言えばこちらの他にもう一つ、フランスのダンディズムの極み、悪魔的嗜好と頽廃趣味で有名なバルベー・ドールヴィリー原作の真紅のカーテンを映画化した邦題”恋ざんげ”も忘れがたい。ナラタージュで進行するパントマイム劇で、エーメの美しさが物語の悪魔的な魅力によっていっそう輝く。一見の価値あり。それにしても火の接吻も恋ざんげも、ともに邦題が素敵だ。恋ざんげって、原作を読んだ身には唸らせるようなタイトル。何か出所があるのかと検索したら、伍代夏子の同名の歌が出てきた。歌のタイトルはおそらくこの映画からとったのだろう。そういえば宇野千代に色ざんげという小説があった。映画の公開は小説より後。宇野千代作品にインスパイアされたのだろうか。

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