死への逃避行 イザベル・アジャーニ七変化とヨーロッパの名所巡りの陰で

かつては鷹の目と呼ばれ敏腕を誇った初老の探偵(ミシェル・セロー)。一人娘のマリーを亡くし、その悲しみから立ち直れないでいる。マリーがごく幼い頃に妻と別れた探偵には、成長したマリーの顔がわからない。毎年マリーの誕生日、別れた妻に電話し、大切に持っているマリーの小学校の集合写真からどれがマリーか当てようとする。一回で当てることが妻の条件。今年も外れ。妻はまた一年後ね、と言う。今はマダム・ブーランジェ(ジュヌヴィエーヴ・パージュ。昼顔で娼館のマダムを演じていた)が経営する探偵事務所に籍を置く鷹の目に、ベルギーの富豪から息子・ポールの身辺調査の依頼が入る。ポールの新しいガールフレンドについて調べてくれと。銀行で大金をおろしてデートに向かうポールを追い、二人が待ち合わせする遊園地に辿り着く鷹の目。メリーゴーラウンドの前で偶然出会った男の子に遊びでポラロイド写真を撮らせる。その写真に写っていたのは見知らぬ美女で・・・鷹の目にぶつかり、pardon! これが鷹の目とアジャーニ扮する美貌の殺人鬼との出会い。遊園地に響く無邪気な音楽をバックに物語の始まり始まり~という感じで魅力的な幕開けだ。

リュシー(アジャーニ)は恋人を見つけると大きな旅行鞄を投げ出して抱きつく。幸せそのもののカップル。鷹の目は湖畔のホテルに投宿した二人を見届けると車に忍び込み、女が残した所持品から身元を確認する。リュシー・ブレンタノ、学生、特記事項なしとある。二人の部屋の明かりが消えるのを待って鷹の目も眠りに落ちる。夜が明け、静かな湖を見やると、リュシーらしき女が一人でボートを漕いでいる。望遠鏡で覗くと、リュシーは人体のようなものを湖に投げ捨てる。愕然とした鷹の目が二人の部屋に急ぐと、そこは血の海。あっけにとられる鷹の目。ポールの金を奪い、涼しい顔で車でパリに向かうリュシー。ハムレットの講義が催される大学に入っていったかと思うと、全く違う出で立ちで現れる。常宿に奪った金を預けるリュシー。ホテルの常連に尋ねると、モデルのイヴ・グランジェだという。女子大生リュシーは長い黒髪にカチューシャをつけた清楚な女の子だったが、イヴ・グランジェはファッショナブルなパンツスーツに身を包んだハスキーボイスの女性。鷹の目は混乱しながらも、南仏へ行くという彼女を追って空港に急ぐ。空港で悠然と梨を食べ、星占いを読むイヴ。イヴは山羊座のようだ。

しかし搭乗ゲートに現れたのはショートカットに日焼けした肌もセクシーなドロテ・オルティス、モンテカルロで婚約のお披露目パーティを開くのだった。大勢の参加者に祝福された盛大な婚約パーティ。婚約者・ミシェルに甘えるミニスカートのアジャーニ可愛かった。ところがパーティのあと鷹の目が二人の部屋を覗くと、血だらけのミシェルの死体が。ドロテに死んだ娘・マリーの面影を見る鷹の目は、あろうことかミシェルの死体を海に投げ込んで彼女を庇おうとする。ホテルの部屋で胸をはだけ、またも梨を食べくつろぐドロテ。

一旦モデルのイヴ・グランジェの姿でパリに戻るが、何者かの脅迫を受け、身の危険を感じた彼女は今度はバーデンバーデンを目指す。ウェーヴのかかった長い髪をなびかせ、黒い水着姿で温泉保養地を闊歩するのはアリアーヌ。レズビアンのコーラに誘われ、官能の夜を過ごす。コーラはアジア系で、黒髪の二人の裸のシーンは妙になまめかしかった。二人でバーデンバーデンを発つ夜、コーラは自分のネックレスがないことに気づき、プールまで探しに行く。おりしも激しい雷雨。稲光が閃くプールで彼女の後ろに立つアリアーヌの首には、コーラがなくしたネックレスが光っていた。有無を言わせずコーラの顔を切り付け、最後は首を切ってプールに沈めるアリアーヌ。物凄い早業だ。最初から彼女に目をつけていた男が自分の車に誘い、ブリュッセルに向けて出発する。追いかける鷹の目の不安は的中、案の定途中で男は殺されていた。

カフェで優雅にハムレットを読むブロンドの女、シャルロット・ヴァンサン。彼女=一連の殺人鬼の愛読書はハムレットである。傍に座る盲目の男ラルフ(サミー・フレィ)。どうやら富豪であるらしい彼と意気投合し、共に列車でローマに向かう。インテリのラルフとはハムレットや、彼女が大好きなラ・パロマの話も楽しめる。このブロンドのアジャーニが一番意外だった。モンロー、バルドードヌーヴ・・・ブロンドで売った女優はほとんどが地毛ではない。演技派のアジャーニは最初からそんなセックスアピールは必要ないとばかりに髪の色は変えなかった。ブロンドのアジャーニ、新鮮。

ローマでは黒髪のシャルロット、やっと運命の相手とめぐり逢い、彼との結婚を選ぶ。ラルフの豪勢な暮しぶりは彼女が求めていたものだった。アーチストと称し、ラルフのサポートで個展を開くシャルロット。そこに彼女の正体を知る謎の男女二人組が迫ってくるのが不気味だ。この”灰色の女”に思いっきり汚いメイクで扮しているのがステファーヌ・オードラン。ゴージャスな役が多かった往年の彼女を知る身には驚きだった。鷹の目は、娘のマリーと重なるシャルロットをあっさり奪おうとするラルフが許せない。鷹の目にすればラルフは気障な盲人だ。憎しみのあまり公道でラルフを突き飛ばすと、ラルフは車にひかれて死んでしまう。鷹の目は満足するが、幸せを夢見たシャルロットの絶望たるやいかに。

季節は冬。星占いでは山羊座の運は傾きかけている。国境を越え、車でビアリッツを目指すシャルロット。ヒッチハイクで乗せた女・ベティに刃物で脅されると、隠し持っていた拳銃で逆にやりこめる抜け目なさ。そんなシャルロットに魅せられたベティは子分にしてくれと言う。ベティは幼い頃、母親に騙されて連れていかれた部屋で、裸で遊ぶ姿を男たちに覗かれていた暗い過去がある。シャルロットの本名はカトリーヌ・レリス。こちらも貧しく不幸な生い立ちだ。幼い日、クリスマスに父に連れられていったデパート、明るく華やぐショーウィンドウも眩しく、ラ・パロマがかかっていた。憧れの世界。父はそこで盗みを働いて逮捕される。何も食べるもののない彼女に、近所の人が梨をくれた。ベティの哀しい打ち明け話を聞いて自分の過去を思い出したのか、一人夜の海辺に立ち絶叫してかつらを脱ぎ捨てるアジャーニ、迫力の演技。二人は遊び半分のように強盗を繰り返す。鷹の目はマリー、もうやめなさいと言いながら二人を追う。

ビアリッツで悪事を繰り返したカトリーヌが、もう面が割れてるから無理だとベティに話すと、ベティはお面を二つ取り出す。それを見たときのアジャーニの表情、何とも言えずよかった。微苦笑をもらすような。二人でおそろいの服を着、同じお面をかぶって歌を歌いながら海辺をドライブするシーン、可愛い。しかし、押し入った銀行に警官が突入し、一人は射殺される。鷹の目はお面をつけた遺体に恐る恐る近づく・・・お面をとると、それはベティだった。悪運尽きたのか、カトリーヌは生まれ故郷の田舎町に帰る。金も尽き、近所のダイナーで働くカトリーヌに、鷹の目は接触しようと試みる。カトリーヌを助けようと金まで工面して・・・リュシー、イヴ、ドロテ、アリアーヌ、シャルロットと万華鏡のような魅力を振りまいた輝きはなく、平凡なウエイトレスの顔になっているアジャーニがまた凄い。案の定カトリーヌは鷹の目を殺して金を奪おうとする。そこへカトリーヌを追う警察が現れて、彼女は万事休す。車で非常線を突破して立体駐車場まで逃げた後、そこから落下して死を選ぶ。時が経ち、やがて鷹の目も死へと旅立っていく。

アジャーニはエキセントリックな役でこそ本領発揮する女優だ。彼女をスターダムに押し上げたアデルの恋の物語を始め、ポゼッション、殺意の夏、個人的にはアジャーニの真骨頂と思えるカミーユ・クローデルなどなど、狂気に囚われていく女を演じて輝く。平凡な女の役をやると思いっきり拍子抜けするので驚く。この映画を初めて観たときは、転々とする観光地に合わせるようなアジャーニ七変化に圧倒されるばかりだった。年を重ねて観返し、今度は娘を亡くした鷹の目に感情移入した。子供に先立たれるのは人間にとって一番つらいことなのではないかと思う。荒唐無稽にも見える物語も、亡き娘の面影を追う鷹の目の演技で受け入れられてしまう。殺人鬼=アジャーニは、出会う男ごとに違う父親像を語っていた。彼女は彼女で、犯罪者となった父の面影を追っていたのだろう。アジャーニと観光地の華やかさの陰に、娘を、父を求めるさまよえる孤独な心の軌跡が描かれていて味わい深い。カトリーヌの思い出の曲、ラ・パロマが全編を通じて流れていたのも心に残る。ラ・パロマ、梨、ハムレット、のキーアイテムがおしゃれ。

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