東京ダート1400メートル 笑顔のピエロのブランコを見逃さないで

東京ダート1400メートルのレース。スタート台へ向かうスターターの様子をカメラが捉えるほんのわずかな時間、可愛い顔が映し出されることがあるのをご存知ですか?私も最初は何だか解せず、その存在に気づいたのはここ10年ぐらいの話なのですが。緑色の帽子をかぶったピエロが、ウィンクしながらにっこり笑って立っているのです。赤い手袋をつけた両手にはブランコを下げています。フジビュースタンドから遠く臨むと、楽し気にブランコを揺らす子供たちの姿が見えます。

今年のJRAのCMにも登場したこのピエロ、何がスペシャルかって、前向きと後向きの2つの顔を持っているのです。4つある目で前も後ろも見えるわけ。いわば東京競馬場の双面神・ヤヌスの神!ヤヌスの神が過去と未来を同時に見ていたように、ピエロもスタートからゴールまで全部見ている。雨の日も風の日も雪の日も、東京競馬場の内馬場で笑顔で立ち続けるピエロ、その姿を見ているだけで幸せな気分になります。東京競馬場で繰り広げられた色々なドラマを見てきたのでしょう。おととしぐらいから、ハロウィンにはジャックオーランタンのマスクをかぶるようになりました。それがまた可愛い。ちなみにこのピエロのブランコ、2台あるのですが、障害レースのハードルのすぐ近くに立っているピエロは、踏み切ってジャンプ!の時全身が見えます。私の不満は、当該レースの前にもかかわらず、カメラの位置によってピエロの顔が映らない時があること。JRAさんには、東京競馬場にはこんなに可愛いブランコがあるんですよともっとアピールしてほしいと切に思います。

2020年2月1日、本年の東京競馬開幕日に東京競馬場に赴き、あの子の顔を見るのを楽しみにしていたら・・・撤去されていて地ならしが行われていました。これから何ができるのでしょう。あの子のいない東京ダート1400mのスタートは灯が消えたようでした。また戻ってきてほしいものです。

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世にも怪奇な物語 ロジェ・ヴァディムが描く禁断の恋

Gyaoで無料動画を見ていると、たまにえっと思うような懐かしい映画に出会ったりする。最近ではこの、エドガー・アラン・ポーの三作品を三人の監督が撮ったオムニバス映画・世にも怪奇な物語。初めて観たのがいつだったのか・・・当時はフェリーニによる第三話・Toby Dammitに出てくる少女の顔をした悪魔が怖くて、それが一番印象的だった。主人公を破滅へと導く、子供なのに既に堕落しているかのような、悦楽と悪の虜になっているような表情の女の子。まさにポーの世界の住人。

今回ももう一度あの女の子を見たくて映画を観たら、今度はロジェ・ヴァディムによる第一話のMetzengersteinに心を奪われた。当時の妻だったジェーン・フォンダを主役にした耽美的な作品で、ジェーン扮するのは莫大な財産を相続した伯爵家の令嬢・フレデリック。神をも恐れぬ傲慢な彼女はその取り巻きと共に放蕩の限りを尽くす日々を送っているが、従弟である男爵との出会いにより変化が訪れる。

フランス・ブルターニュ地方の古城が舞台で、その荒涼とした佇まいがもう雰囲気たっぷり。マイケル・ジャクソンのスリラーのナレーションでも有名なヴィンセント・プライスがここでも美声のナレーションを披露しており、全編を流れる感傷的な音楽と共に物語を盛り上げる。ジェーンは終始バーバレラ風の露出の多いセクシーな衣装で登場。自分の妻や恋人をスターにしていった手腕で有名なヴァディム、ジェーンの官能的な魅力を知り尽くしていたからこそだろう。森の中でキツネの罠にかかった彼女を偶然通りかかった従弟のウィルヘルム男爵が助けることになり、それで二人は意識し合うようになる。ウィルヘルム男爵は、フレデリックの伯爵家とは長年いがみ合う仲の、分家の中でも最も資産のない家の出。二人はいとこ同士とは言えそれまでお互いをよく知る機会はなかった。ウィルヘルムは才能豊かだったにもかかわらず興味を示したのは馬と狩猟だけで、社会には背を向けて孤高の姿勢を貫く男だった。

ウィルヘルム男爵役はジェーンの実弟であるピーター・フォンダ。彼といえば反射的にバイカーのバイブル・イージーライダーを思い出す向きは多いだろうが、私には何といってもこちら。長身痩躯で、湖の底のような目をしたピーター=ウィルヘルム。フレデリックは一目で恋に落ちる。あの目で見つめられたらたまらないだろう。実際の姉弟をキャスティングしているところが禁断の愛・近親相姦っぽい危うさを醸し出している。

 

その日以来、フレデリックは彼が忘れられず、馬を駆っては出会った場所や彼が現れそうな場所を彷徨う。憂愁に閉ざされた彼の面影を追うフレデリックの恋心が切ないシーン。城壁でフクロウと語り合うウィルヘルムを見つけ、フレデリックは呼び止める。傍にやってきた彼に、寒い、自分の家ではこんな時男がマントを貸すものだというと、彼は黙って自分のマントでフレデリックを覆う。愛しい男に寄り添う歓びで高鳴るフレデリックの胸の鼓動が聞こえてきそうだった。ウィルヘルムを食事に誘うフレデリックだが、ウィルヘルムは放埓な彼女を批判して拒否する。それが悲劇の始まり。プライドを傷つけられたフレデリックは、ウィルヘルムの厩舎に放火させる。ウィルヘルムは燃え盛る炎の中、愛する馬を救いに厩舎に入り、馬と共に命を落とす。フレデリックには予期せぬ出来事だった。さらに予期せぬことに、フレデリックの家に謎の漆黒の馬が現れる。ウィルヘルムの魂を担ったその馬にフレデリックは夢中になり、同時に死への誘惑にも憑りつかれる。

ジェーン・フォンダはヴァディムと別れてからアメリカに戻り、社会派映画で女優として名をあげる。アカデミー賞の主演女優賞を受賞した帰郷での演技など見事だった。でも個人的にはヴァディムと一緒にいたころの妖艶な彼女が好きだ。また、フランスの老舗美容サロン・CARITAが担当したジェーンのヘアスタイルの素敵なこと!もちろんブロンドのロング!驚くほどヴァディムの昔の恋人に似たショットもあり。。。ヴァディムって本当にブロンドが好きなのだと感心。ジェーンと交際する前の恋人であり、彼の子供も産んでいるカトリーヌ・ドヌーヴとの出会いの際には、”きみのブルネットも素敵だけれど、男と言うのはブロンドの女に夢を賭けるものなんだよ。きみはもっと美しくなりたくない?”と口説いたというエピソードがある。色々なタイプの美女との恋を楽しんだヴァディムだが、ブロンド好みの一点は終生ぶれなかったのか。

ティファニーで朝食を Holiday Golightly トルーマン・カポーティに憧れて

子供の頃この映画を見て、こんなに素敵な世界があるものかと思った。オードリー・ヘップバーンの洗練され切った美しさ、それをさらに引き立てるシックなファッション、活気に溢れるニューヨークの街並み、郷愁を誘うヘンリー・マンシーニの音楽、自分も飼いたかった猫。大人になったらリトルブラックドレスを着て煙草をくゆらせ、タクシーでティファニーに乗り付けたいとまで無謀な野心は抱かなかったものの、10代の私はホリー・ゴライトリーに強烈に憧れた。それまでに見たことのない印象的なキャラクターだったのだ。

原作者であるトルーマン・カポーティの大ファンになったのもこの映画がきっかけだった。ホリーは、なんとなく浮かない気分の時、ティファニーに足を運べば気持ちが晴れ、悪いことなんて起こるわけはないと思えると言う。ホリーにとってのティファニーがまさに私にとってのこの映画で、いやなことがあってもこの映画を見れば一気に心が晴れるほど気に入っていた。だから後にカポーティのインタビューや伝記を読んで彼がこの映画に不満だったことを知るに及んで驚いた。彼の本意を知るには原作を読むしかなく、手に取ったのがBreakfast at Tiffany’sだった。なるほど、疑問は氷解した。カポーティが描いたティファニーで朝食をは奔放に生きるヒロインが真実の愛に目覚める話ではないのだ。都会的で洗練されたおしゃれな作品から人間の心の闇を見据えたシリアスな作品まで、カポーティの提示する世界は一筋縄ではいかない。映画は原作とは別物として楽しめばいいのだろうが、作者としてはまったく意図しない作品に仕上がっていたのが気に入らなかったのだろう。

Breakfast at Tiffany’sは今でもとても思い入れのある作品で、手元にある黄変したペーパーバックを見ると、この本に魅了されて過ごした月日が偲ばれる。冒頭、おそらく今は作家になった主人公が、作家志望だった時代に借りた部屋を追想するシーンがある。屋根裏に詰め込んだような家具でいっぱいの、古い、陰気な部屋だが、ポケットに手を入れてこの部屋の鍵に触れるといつも気持ちが昂揚したー初めての自分自身の部屋で、自分の本があり、鉛筆立てには削られるのを待っている鉛筆があり、作家になるために必要なものすべてが揃っているように思えたから。

このWeb上の部屋は、主人公にとっての初めての部屋と同じようなもの。自分が愛するものについて自在に語れる自分だけの場所。何しろ好みのままを綴る問わず語りなので、顧みられるべくもなく、多くの読者を期待することはできないのは自明の理。しかし安易に大衆に迎合するより楽しい。インターネットという茫洋たる大海の中で生まれては消える泡沫の如きブログであれ、これからここに何を綴ろうか考えるだけであやしうこそものぐるほしけれ。