シェルブールの雨傘 ジャック・ドゥミが誘う夢の世界へ

全編の台詞が歌という画期的なミュージカル映画。シェルブールの港が映し出され、ミシェル・ルグランの哀切極まりないメロディが流れる。俯瞰するシェルブールの町には雨が降り始め、傘の花が開く。降り続く雨の中、港を臨む街路で七色の傘がすれ違う。冒頭のこのシーンで観客は一気にロマンティックな夢の世界に連れ出される。映画のプロローグの醍醐味を思いっきり感じさせてくれる名シーンだ。雨の多い港町・シェルブールで雨傘屋を営む母・エムリ(アンヌ・ヴェルノン)と二人暮らしのジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は17歳。ガソリンスタンドで働くギィ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)という恋人がいる。若い二人の交際を心配するマダム・エムリをよそに二人は結婚を望むほど惹かれあっていくが、ギィにアルジェリア戦線への召集令状が届く。第一章の”出発”は、ギィの出征までを綴る。色とりどりの傘で華やぐマダム・エムリの店を始め、鮮やかな色を基調とした背景や衣装がおとぎ話の世界のようにスイートで可愛いらしい。まだ弱弱しい美しさのドヌーヴ(しかしこのときすでに一児の母だった)が纏うイエローのカーディガンやブルーのワンピース、ピンクのコート(髪にはリボン!)が素敵だった。ジュヌヴィエーヴがダンスホールでシトロン!とレモンジュースを頼むシーンがなぜか妙に好きだ。

母にギィとの交際を咎められたジュヌヴィエーヴはギィに結婚したいと縋る。そんな彼女に、召集令状が届き2年はフランスへは帰れないだろうと告げるギィ。これから生きていく支えになるような思い出を作ろうと最後の夜を共に過ごす二人。あなたなしでは生きられない、永遠にあなただけを愛するといった、若者同士の情熱が迸る最高に盛り上がる歌唱が繰り広げられる。ギィが自転車を引きながらジュヌヴィエーヴと歩くシーン、まるでベルトコンベアに乗っているかのようで謎だ。私はその謎っぽい歩行シーンがお気に入りなのだが。その翌日、別れを惜しみながらシェルブールの駅でギィを見送るジュヌヴィエーヴ。シェルブールの駅名が映し出され列車が離れていくシーンが切ない。

第二章・”不在”。その後妊娠が判明し、一人不安に耐えるジュヌヴィエーヴ。ギィからの手紙も途絶えがちだ。第一章に、マダム・エムリが経済的苦境に陥り宝石を売ろうとジュヌヴィエーヴを伴って質屋を訪れるエピソードがある。そこに居合わせた宝石商のローラン・カサール(マルク・ミシェル)が宝石を買い取って救うのだが、彼はその時ジュヌヴィエーヴに一目惚れしていた。彼はどんどん大きくなっていくお腹を抱えたジュヌヴィエーヴにそれを承知で結婚を申し込む。途方に暮れていたジュヌヴィエーヴは彼を受け入れて結婚する。このカサールという男性、監督のジャック・ドゥミがシェルブールの雨傘に先立って撮った”ローラ”にすでに登場している。”ローラ”はドゥミの故郷である港町のナントを舞台にした作品で、初恋の人との子供を育てながらひたすら彼の帰りを待つ踊り子・ローラの物語。カサールはローラに恋するが叶わない。”シェルブールの雨傘”では、昔ローラと言う女性に失恋して傷つき、世界の果てまで旅をしたと語っている。その過程で富を築いたのか。カサールが思い出を辿るシーンではナントの奇観・ポムレィ路地も映し出される。ドゥミの映画を見続けているファンにはうれしい。シェルブールの雨傘で語り継がれた物語はのちに”ロシュフォールの恋人たち”で再び語られる。心憎い演出。

第三章・帰還。帰還したギィはジュヌヴィエーヴの結婚を知らされる。出征前、二人で最後の時を過ごしたカフェを訪れるギィ。残ったのは思い出だけだ。傷ついた彼に追い打ちをかけるように育ての親である最愛の伯母が他界する。そんな彼を支えてくれたのは伯母を甲斐甲斐しく介護したマドレーヌだった。マドレーヌの献身的な愛に気づいたギィは彼女と結婚し、子供をもうける。伯母の遺産で購入したガソリンスタンドの経営も軌道に乗り、やっと幸せをつかんだギィ。ある雪の降る12月、クリスマスを迎えようとする頃、今はパリで暮らすジュヌヴィエーヴがマダム・エムリの葬儀の帰路、偶然ギィのガソリンスタンドを訪れる。予期せぬ再会。車の中で無心で窓ガラスの雪と戯れる少女・フランソワーズはギィの娘である。ジュヌヴィエーヴはギィに娘に会うかと尋ねるが、ギィは首を振り、もう行った方がいいと促す。ジュヌヴィエーヴの車が去った後、買い物から帰ったマドレーヌと息子・フランソワと雪の中で遊ぶギィ。かつて、子供には女の子ならフランソワーズ、男の子ならフランソワと名付けようと語り合っていた二人。今はそれぞれに幸せなのだ。何度見ても泣けるラストシーン。

ジャック・ドゥミの作品は、市井の人々を優しい目で描いたものが多い。シェルブールの雨傘では戦争で引き裂かれる恋人たちを描きながら声高に戦争を批判するトーンもなく、そこも彼の持ち味だと思う。ラ・ラ・ランドの監督・デミアン・チャゼルがドゥミの影響を表明し、再び注目が集まっているのはオールドファンにはうれしい限りだ。彼の妻で映画監督であるアニエス・ヴァルダが彼の人生を映画化した”ジャック・ドゥミの少年期”(これも涙なしでは見られない・・・オールドフレンチシネマファンにはたまらない作品)で、未婚のままお腹が大きくなっていくドゥミの幼馴染が描かれていた。シェルブールの雨傘のジュヌヴィエーヴにも幼い日の思い出が投影されているのだろう。そんなエピソードにもドゥミの優しさを感じる。

ナント出身のドゥミには港町を舞台にした作品が多いのも特徴だ。シェルブールの雨傘を始め、先に触れたローラ、ロシュフォールの恋人たち、カジノに狂う人々を描いた天使の湾然り。様々な人々が訪れては去り、出会いと別れを描くのに打ってつけの場所でもある。この夏、ローラと天使の湾を渋谷のイメージフォーラムで鑑賞したので、連鎖反応か最近久しぶりにシェルブールの雨傘を見返した。そのほとんどのフランス語の台詞(歌詞)が聞き取れる自分に驚き悦に入っていたら、思い返せば学生時代、フランス語の授業で暗記させられた経緯があった。役に立たないことはよく覚えているものだ。先生は勉強したがらない学生がせめて興味を持ちそうな主題を選んで下さったのだろう。当時は知る由もなかった先生の愛を感じた。

失恋レストランー道化師=ピエロの溜まり場ではなかった(+o+)

名曲なのに!清水健太郎が問題を起こしすぎるので?懐メロでも取り上げられないのが残念。当時はああいう浅黒い肌に白い歯でギターを弾いて歌う歌手は珍しかった。40年以上前だろうか、彼の全盛期に軽井沢で見かけたことがある。子供心になんてかっこいい人なんだろうと感動した。子供の感覚もいい加減だが、その後の人生で芸能人を見てあれほど感動したことはない。それがのちの度重なる薬物騒動でがっかり。その失恋レストランの歌詞についてなのである。♪好きな女に裏切られて笑いを忘れた道化師がすがる失恋レストラン♪とあり、つい最近まで数十年間、失恋レストランにはシルクのてかてかした衣裳を着て唇をオーバーサイズに縁取り、目に星なんか描いたピエロばかりが集まるのだと思っていた。

 

おかしな光景だ。疑問には感じていたが、それが隠喩だとどうして気づかなかったのか信じられない。ず~っとその絵をイメージして聴き、歌っていたのだから。たくさんのピエロが泣きながらメイクも崩れて飲み食いするファンタスティックな光景に酔い痴れていた一方で、最後の歌詞は冷静に受け止めていたのが不思議♪ねぇマスターラストオーダーは失恋までのフルコース♪ラストオーダーがフルコースだったら店側は大変だと同情を覚え、心優しいマスターが怒りに駆られてハートブレイカーたちを傷つけなければいいがと危惧していた。外食産業がブームを迎える前の話。失恋とレストランを結びつけた発想もつのだひろさんクールだ。

ジェフ・クーンズ 見てはいけないものを見せてくれるアーチスト

発売前から随分話題になっていたジェフ・クーンズ指揮下でのルイ・ヴィトンのコレクション、多くのLVファンの度肝を抜いたことだろう。最近は話題性のあるアーチストとのコラボレーションを展開するハイブランドが多いが、まさかルイ・ヴィトンが古今の絵画をモノグラム・キャンバスに載せるとは、草間彌生で驚いている場合ではなかった。もちろん寛斎とのコラボだって驚きだ。モノグラムの上の達磨や歌舞伎の隈取り、ツーリストにとっては新鮮なのだろうが。この春、ルイ・ヴィトンの店頭に並んだ絵画プリントシリーズ第一弾を見た時、自分がルイ・ヴィトンショップにいるとは思えなかった。もはやジェフ・クーンズの世界。ルイ・ヴィトンは遥か彼方に退いたかのようだった。ルイ・ヴィトンのアイコニックなフラワーモチーフとLVのロゴに自身のJKのロゴをゴールドの金具で配したデザインは素敵だったけど。一番印象的だったのは、バッグの内側にモナリザならダ・ヴィンチの、糸杉のある麦畑ならゴッホの肖像がプリントされていたこと。外観以上に価値があるようにも思えるこだわりのディテール。新しい試みは常に賛否両論を呼ぶ宿命にある。今回のルイ・ヴィトンの作戦は下品すれすれの爆発的なインパクトに賭けた冒険だったのではないか。

ルイ・ヴィトンの方に伺ったら、デザインはジェフ・クーンズに一任してLV側は一切口を出さない契約だったとのこと。寡聞にして詳しい来歴を知らなかったが、相当力のある人物なのだろう。LVの公式サイトでジェフ・クーンズの写真を見ると、完全に目が飛んでいて得も言われぬ胡散臭さが漂う。気になって調べたらwikiでアメリカ出身の前衛芸術家とあり、その今までに例を見ない作品の数々が紹介されていた。読み進めていくうちに彼の私生活に関する記述を目にし・・・な・ん・と!若き日、あのチチョリーナと結婚していたのだという(その後離婚)。チチョリーナ!ハンガリー出身でイタリアでハードコアポルノ女優兼政治家として活躍した女性だ。30年ぐらい前日本でも巷間を騒がせた。彼女が来日したとき偶然成田空港で見かけ圧倒された。活火山のような見事な胸に奇抜なメイクが歩くポルノグラフィといった感じの、噂に違わないド迫力の女性だったのだ。そうか!それで一気にジェフ・クーンズを理解した(気になった)。

このお二人まさに天の配剤。なぜか赤裸々って言葉が浮かんでくる(なぜだ)。規格外の胡散臭さ、いかがわしさ、ここまでお似合いのカップルも珍しい。おまけにクーンズは二人の愛の営みをモチーフに作品を制作したそうで、彼女との結婚も含めてセルフプロデュースの天才なのか。クーンズ&チチョリーナが結びつき、老舗の高級ブランド・ルイ・ヴィトンを(おそらく)翻弄した風雲児に関する疑問が氷解したのがおかしい。初めて彼の顔を見たとき、関根勤に似ていると思った。それは彼のアイコンがラビットだからで、気のせいだろう・・・ルイ・ヴィトンのバッグにチャームとして付いているそのラビットは全然可愛くなく・・・なんだか轢死体を俯瞰したような感じなのである。とはいえ異端の芸術は物議を醸し出しても燦然と輝く魅力がある。かつてやはり異色の映画監督・ピーター・グリーナウェイに悪趣味の美学を感じたが、ジェフ・クーンズはそれとはまた違う。クーンズは、良心のある人間が恥ずかしい、人目に触れさせたくないと思うものを白日の下に晒し、彼らがそれを羞恥心を持って見るのを喜んでいるかのよう。見てはいけないものを見たという感覚を喚起させる作品群。彼は言わば恥部の供覧会の主催者だ。秋には第二弾・モネにマネ、ターナーなどがリリースされ・・・そしてこれからLVはどこへ行くのか。オールドLVファンとしては興味が尽きない。

東方之珠ー羅大佑が歌う東洋の真珠・香港への愛

香港が中国に返還された1997年当時、縁あって香港に住んでいた。そのころ聴いた、英国領であった香港を歌った美しい歌。♪小さい河が湾曲して南に流れる 香港まで辿り着いたら見に行こう 東洋の真珠 愛しい人 あなたは昔のままに風情溢れる街なのか 月光が揺れる港 夜のとばりに包まれて明かりが煌く 東洋の真珠よ 眠らない街 世につれてめまぐるしく変容する約束を守り続けている 海風よ五千年の月日を吹き飛ばして 涙の一粒一粒があなたの威厳を物語るよう 海よ一緒に神のご加護を与えよう 永遠に変わらない私の黄色い顔を忘れないで 小舟は港を目指し 振り向けば 海は洋々と果てしなく 東洋の真珠よ 私を抱きしめて あなたのその淋しい胸を温めさせて♪作者の羅大佑は台湾の人で共産主義を批判した歌も多いがその限りではなく、切ない恋歌にも名曲が多い。滾滾紅塵とか恋曲2000とか、痴痴的等とか。東方之珠は、何と言っても白人の支配下にあった香港に向けて永遠に変わらない黄色い顔を忘れないでと歌っているところに感動する。皇后大道東というアルバムに収録されていた。これだけが北京語でその他は広東語の歌。中国大陸に向けて発信するために北京語で歌う必要があったのか。広東語はわからないけれど好きなアルバム。

ある愛の詩 愛とは決して後悔しないことー日本語訳もいいが、この原文が胸を打つ

愛とは決して後悔しないことーこのキャッチフレーズで有名な70年代アメリカ映画。由緒正しき富豪の名家出身のハーバード大生・オリヴァー(ライアン・オニール)が、貧しいイタリア移民の娘のラドクリフ女子大生・ジェニファー(アリ・マッグロー)と恋に落ち・・日本では長いこと人気を誇った映画だ。子供の私はまず女子大生を演じたアリ・マッグローの美しさに魅せられた。彼女を見て、勉強して知的な女子大生になりたいと願った。長い黒髪に太い眉毛、肌も真っ白ではなく、それが知的な女子大生役にぴったりだった。黒縁の眼鏡をかけてもかっこいいのはさすが。原作での脚が美しい女性との設定通り、モデル出身の彼女の脚はとても同じ人間とは思えないほど美しかった。彼女が冬のキャンパスをキャメルのコートを着て歩く姿に憧れ、大人になったらあんな格好をしてみたいと思った。長じて似た感じのキャメルのコートを購入し、マッグロー気取りで街を闊歩したものの・・・悲しいくらい似合わなかった。猿真似はいけない。二人は家柄の違いを理由にオリヴァーの親に反対されながらも結婚する。親に背いたことで、弁護士を目指すオリヴァーへの仕送りも当然打ち切られる。彼の学費を稼ぐためにジェニファーは働き、貧しいながらも幸せな日々を過ごす。オリヴァーが弁護士になり、やっと生活に余裕が出てきた矢先に悲しい結末が訪れ・・・

インテリ学生同士の二人の会話がエスプリが効いていて面白い。映画のオープニングはどうだったのか、小説では冒頭でオリヴァーが昔を偲んで彼女が好きだったものを挙げていく。モーツァルトにバッハ、ビートルズに僕と。どういう順番なのかと尋ねたら、彼女はにっこり笑ってアルファベット順と答えたというエピソードも気が利いている。才気煥発なジェニファー。この映画のキーワードも然り。結婚後、けんかをして家を飛び出した彼女をオリヴァーが探し疲れて帰ってくると、ドアの前に彼女が座って泣いている。謝ろうとしたオリヴァーを制してジェニファーが言うー愛とは決して後悔しないことよ、と。原文はLove means never having to say you’re sorry. 胸を打たれた。インパクトを持たせるために日本語では意訳しているのだろう。愛というのは、決して相手に対してすまないなんて言う必要がないこと、つまりどんなことでさえ相手を傷つけたり苦しめたりすることはしないのが愛だということだ。愛について語った名言の一つだと思う。相手を思いやる気持ちの大切さ。こういう意識があればうまくいくこともたくさんあるだろうに。

オリヴァーはアイスホッケーの選手なので、たびたび登場するホッケー場の氷や雪のキャンパスの白銀の景色が美しいのも特徴だ。雪のセントラルパークで二人が戯れるシーンなど素敵だった。もう一度観てみたいものの、いい年をして泣きそうで・・・Love means never having to say you’re sorryの一言が効いて、甘くて感傷的なメロドラマでは終わっていない。この映画はまた、男女の愛を軸にジェニファーと父、オリヴァーと父の親子の愛情も描いている。ラスト、オリヴァーがずっと反発し続けてきた父親がジェニファーの病を知ってオリヴァーのもとに駆け付ける。オリヴァーは父にジェニファーの死を告げる。済まなかったと言う父を制して今度はオリヴァーが言うー愛とは決して後悔しないことです、と。アカデミー賞作曲賞を受賞したフランシス・レイの哀切極まりないメロディーが流れ・・・やっぱり泣いてしまいそうだ。

ライアン・オニールはキューブリックの異色大作・バリー・リンドンも印象的だったが、個人的にはこの良家のご子息であるハーバード大生役が💛。アリ・マッグローはこちらとスティーヴ・マックィーンと恋に落ちるきっかけとなったゲッタウェイが双璧か。ゲッタウェイ撮影時は人妻だったマッグロー、あれじゃマックィーンが恋してしまうのも当たり前と納得させる美しさだった。Love means never having to say you’re sorry・・・語り継ぎたい名台詞である。

ラストタンゴインパリ ミッドライフクライシスの痛み

芸術か猥褻か、論争があったことを思い出す。チャタレイ夫人の恋人然り、サド然り。10代の頃ラストタンゴインパリのポスターを見て、それこそ猥褻感たっぷりなので嫌悪と恐怖さえ覚えた。当時はポルノグラフィの規制もゆるく、今では信じられないような画像が街中にあふれていた。暗殺の森ですっかり魅了され、ベルトルッチは畏敬の念を抱かざるを得ない映像作家なのに、おそらくそのポスターのせいでラストタンゴインパリはいやらしい映画との先入観ができあがってしまい、若い頃は怖くて観る気がしなかった。それが数年前、あるバーでアルゼンチンタンゴのアルバムを聴いて大層気に入り、タンゴの名曲が使われているこの映画を観ようと思い立ったのである。フランシス・ベーコンの絵が映し出される導入部から観入ってしまった。男女の爛れた関係を描いた映画と言われもするが、私にはミッドライフクライシスが痛いほど感じられて身に染みた。年を取ってから観てよかったのかも知れない。

ブルジョワの若い娘(マリア・シュナイダー)が、妻に自殺された中年男(マーロン・ブランド)と偶然出会い、関係を持つ。二人はお互いの素性を何も知らないままアパートの一室で密会を重ね・・・と男性にとってはたまらないようなストーリー。宣伝のためにせよ性愛描写ばかりが独り歩きしてしまい、いい映画なのに勿体ない。妻の無残な死をきっかけに、それまで男が抱えていた苦悩が一気に噴き出して彼を蝕んでいく。棺に納められた妻の遺体を前に、彼は自分たちの奇妙な結婚生活(妻には愛人がいた)を振り返り、そんな関係に苦しみながらもどんなに彼女に恋い焦がれていたかを語る。深い悲しみに満ちた心に残るシーンなのだが、裏話によるとブランドは一切セリフを暗記して来ず、カンペを部屋中に貼り巡らしてそれを頼って切り抜けたそうで、カンペを見る様子が歴然だとか。それでもあんな演技をするブランドが凄い。劇中の彼はもし若かったらあのような末路は辿らなかっただろう。もう人生を軌道修正するには遅い年齢に達してしまい、堕ちていく辛さ。過激な性描写は、あの男が壊れていく様子を物語るのに必要だったのかとも思える。

特に好きなのが、ビルアケム橋で二人がすれ違う冒頭のシーン(妻の死を受けてブランドは泣いている)とラスト近く、ブランドがタンゴを踊るシーン。裸体のラブシーンより断然いい。やはり名優は着衣で勝負だ。当初ブランドの役にはジャン=ルイ・トランティニャンが、シュナイダーの役にはドミニク・サンダが予定されていたのが、サンダの妊娠によって叶わなかったのだそうだ。暗殺の森のコンビーもしその二人を配していたらどんな映画になったのか想像がつかない。マリア・シュナイダーのいかにもいわくありげな胡散臭い雰囲気とブランドのうらぶれた中年男ぶりがぴったりだっただけに・・・途中、マリア・シュナイダーと恋人の話も語られるものの妙にミスマッチだった記憶がある。恋人役は頼りなさそうなジャン=ピエール・レオで、強烈な個性を持つマリア・シュナイダーにはどうにもそぐわない。

全編を通して流れるガトー・バルビエリのタンゴは言うまでもなく素晴らしい。官能的ながら不安を誘う孤独感もあり、彷徨える魂を象徴しているようで・・・小田和正の”ラブストーリーは突然に”のサビの部分がこれに似ていると思うのは私だけ?

ブランドは生前、これはベルトルッチによる精神分析の映画だと語ったそうだ。しかし自分でも本当は何の映画なのかわからないと。多様な解釈が許される芸術作品ほど奥行きがあるのだろう。それにしても、20代で暗殺の森を、30そこそこにしてラストタンゴインパリを撮ってしまうベルトルッチとは何者だろう。観終えた後、猥褻などという言葉は遥か彼方に消えていた。心に残ったのは煽情的なラブシーンではなく、すでに若さを失い、蹉跌を来した人生のぬぐい切れない汚点に満ちた重みに耐えかね、救済を求める男の孤独で痛ましい姿だった。

天井桟敷の人々 東京競馬場の伝説のファミリーはどこへ

天井桟敷とは劇場の最後方、天井に近い観覧席で、狭く見にくいため安い料金で庶民に提供される場所だった。この席は某劇場で”天国”と称され、そこに押しかけて無邪気に騒ぎ、野次を飛ばす貧しい人々は天国の子供たちと呼ばれていた。それがこのフランス映画史に残る名画・天井桟敷の人々の原題・Les enfants du paradisである。3時間を超える大作で、初めて銀座の名画座で観たときは緊張した。名作に触れる喜びと若い自分に理解できるかという不安で胸がいっぱいで。純情だった青春時代の話である。恋なんて簡単よと軽くあしらう艶っぽい中年女・ガランス(フランス語で茜の意味。アルレッティが演じた)と彼女への恋に打ち震える繊細な若者・バチスト(ジャン=ルイ・バロー)。初めて観たときはどうしてあんなおばさんを・・・と不思議でならなかった。確かに子供にはわからない大人の色香。年増女の爛熟した魅力をまき散らすアルレッティは、20世紀フランス映画界の艶女№1かも知れない。最後、人ごみの中ではぐれていくガランスを、ガランス!ガランス!と絶望的に追いかけるバチストの姿が忘れがたい。しかしなぜここで天井桟敷の人々なのか。それは東京競馬場の伝説のファミリーの思い出につながる。起源がいつなのか定かではないが、恐らく昭和の時代から数十年に亘り、東京競馬場の観覧席で覇権を誇った人々である。ここにその物語をお聞きくだされ(琵琶法師風(+o+)

東京競馬場の4階、21番柱の前は、天井桟敷とは違いウイナーズサークルを臨む絶好の観覧席である。そこを占拠し陣地とした競馬ファンたちがいた。その棟梁は真顔で趣味は競馬場の席取りとのたまう変わり者。彼が競馬場を訪れるのは馬券を買うためではなく、観覧席を確保するためなのだ。新宿に住んでいた彼は毎土曜日の朝まだき、新宿二丁目のカップルたちが別れを惜しんで集う公園を抜け、始発電車で競馬場に駆け付ける。土曜の競馬が終わると翌日曜日のために係員が去るのを待って敷物を広げ最前列の場所取りをし、日曜日は再び始発で馳せ参じる。仕事で穴をあけざるを得ない日を除き、何十年もそれが彼の土日のルーティンだった。G1の前ともなれば一週間以上前からファミリーメンバーが交代で一番前の場所を確保し、当日は数十人が開門ダッシュを決めて走った。PCを背負いながら最速の上がりで前を行くメンバーを差し切って席を押さえる強者もいた。転んで骨折した輩も一人や二人ではない。東京の三大G1・ダービー、天皇賞、JCの前日は寝袋を持っての泊まり込みは当然の頼もしさ。ガムテープに大量のチラシ、タオルなどでの陣取り合戦。話は逸れるが、数年前のダービー前日、門前で列を成す熱心なファンたちの前に故・後藤浩輝騎手が現れ缶コーヒーをふるまったそうで、棟梁をはじめとするファミリーはみな感激していた。気配りの人だったのだろう。合掌。

ダービーの日は、そのファミリーだけで200もの席を確保したこともある。ダービーの早朝に東京競馬場を訪れた方はおわかりだろう、あれだけの収容力を誇る観覧席が開門と同時に一瞬で埋まる。それほど熾烈な戦いが繰り広げられるのだ。もちろん200人ものファミリーがやってくるわけではなく、当日席を求めて彷徨う人々に譲ったりするのだから気前がいいと言おうか。棟梁はそれが何より楽しそうだった。そしてファミリーはどんどん膨れ上がっていった。JRAの職員に目をつけられてはいたが、その牙城を崩すことは誰にもできなかった。絶好のロケーションであれ、無料の席でにぎやかに競馬を楽しむファミリーは、私の目にはまさに天井桟敷の人々に見えた。それが今年の天皇賞秋・・・大雨に見舞われたあの日、21番柱の前にそのファミリーの姿はなかった。東京競馬場に異変あり。あれだけ熱心に、というか偏執的なまでにあの場所を死守した棟梁に何があったのだろう。人もまばらな夏競馬の時でさえ陣取っていたのに、G1の日に姿を見せないなんてあり得ない。天井桟敷の人々はどこへ行ってしまったのか。彼らのいない21番柱の前を通るとき、一抹の寂しさが胸を過るのを禁じ得ない。

紅茶大好き フォションのアップルティも懐かしき紅茶愛

紅茶が大好き。かれこれ20年余り紅茶が私の朝食。紅茶を愛飲して30年以上になり、何とも長い幸せな蜜月を過ごしている。きっかけは何だったのか・・・友人によると、私は高校時代学校にジャーを持ち込んで紅茶を淹れて飲んでいたのだそうだ。本人は覚えていないのだが。学生時代、知り合いに頼まれてあるステンドグラス作家の展覧会を手伝った。その作家について何の知識もなく会場に向かったらま~感じ悪いこと。高々と結い上げた髪の毛がバーのママさんチックで時代錯誤感いっぱいなのにブルジョワ気取りの鼻もちならない中年女性で、屋内でも真っ黒いサングラスをかけていたのが不吉でものものしかった。

自分は神戸の裕福な家の生まれで、抜きんでた美術の才能を発揮し、日本のステンドグラス製作を牽引する存在で・・・事実ならもちろん素晴らしいが、人の自慢話を嬉しがる人間は少ない。とても芸術家とは思えない俗物ぶりが鼻につき、終始反抗的な態度をとってしまった。作家先生も困っていただろう。それでも報酬を受ける以上身を尽くして働いたつもりだが・・・お気に入りらしき顧客の訪問を受け、私はお茶を出すように指示された。その時彼女が言った一言、彼女のスノッブぶりを象徴しているようで未だに忘れられない。”美味しい、フォションのアップルティーを”。鳥肌が立った。美味しいかどうかは当人が決めることで、もてなす側の主観でどうのこうの言うものではない。あー嫌だなこの俗物根性と思いつつ淹れたフォションのアップルティー、それが得も言われぬ芳香を放ち・・プルーストのマドレーヌ同様、今でもフォションのアップルティーを飲むとあの俗物作家を思い出す。日本に紹介されたフレーバードティーの走りといった存在のフォションのアップルティー、あのリンゴの香りは絶妙だった。果物フレーバーはどちらかと言えば苦手な私にもいい香りだった。マドレーヌ効果でいわくつきの作家先生の思い出が甦るのはなんともおかしいが、それが我が紅茶遍歴の初期の記憶でもある。

その頃はフォションやフォートナムメイソン、ハロッズの紅茶が流行っていた。どれも一通り試して楽しんだ後、新興勢力の台頭でそちらに心を奪われ、どの銘柄を好んだのかは忘れてしまった。みな缶のデザインが素敵でたくさん集めていたっけ・・・ハロッズなどロゴの文字も決まっていて好きだった。ハロッズにせよフォートナムメイソンにせよ、リニューアル前の昔の缶のデザインの方が私は好きだった。

それから夢中になったのが1988年に日本に上陸したマリアージュフレール。大きな缶に紅茶を保管し、そこから量り売りするスタイルの紅茶専門店は当時の日本には珍しかった。シックな店内、黒地にイエローのイラストが入ったおしゃれな缶、白っぽいスーツ姿でサーブする男性の優雅な所作に魅了されよく通い、高価な紅茶ながら背伸びしてフレーバードティ中心に色々な味を試した。こちら、それぞれにつけられた名前がまた素敵。ミント風味の緑茶・カサブランカ、ラプサン・スーチョンの傑作・ツァーアレクサンドル、花とスパイスのミックスブレンド・ノエル、薔薇とナッツとベルガモットの香り・ポンディシェリーなどなど。。。廃盤になったものもあり、今となっては懐かしい。日本ではマルコポーロが大人気のようだが、私が何と言っても好きなのがモーリシャスのお茶・グランボワシェリ。ヴァニラの香りが何より好きであれこれ試した中でも、香りづけしていないのにかすかにヴァニラの香りが漂うこのお茶が個人的には一番。

マリアージュフィーバーの後に私を襲ったのが、以前西麻布と自由が丘にあった紅茶専門店・パレデテフィーバー。こちらでは主にノンフレーバードティを中心に楽しんだ。目覚めに紅茶を飲むので、ダージリンやセイロンだと上品すぎる。覚醒したばかりの官能を刺激するには力強く濃厚なアッサムがよく、色々なアッサムを飲んできたうちで一番好きだったのがパレデテのバザロニ。胡椒を思わせるようなスパイシーでコクのある味わいだった。自由が丘の店がクローズしてからすっかりご無沙汰しているが、久しぶりにまた飲んでみたい。

その他にも缶が素敵で気に入ったフランスのクスミティ、日本だとこれもまたパッケージが可愛らしいカレルチャペック、最近大躍進しているルピシアなどを愛飲してきた。自宅にいる時は人間ドックの受診日でもない限り、まず紅茶を飲まない朝はない。私にとって朝はイコール紅茶とのひとときなのだ。太陽の降り注ぐ朝はより楽しい気分にさせてくれ、どんよりした憂鬱な曇り空の日は勇気づけてくれるかのような積年の友。もはやかけがえのない存在。美味しさを一層引き立ててくれる器で飲みたい。20年以上も愛用したウェッジウッドのホテルウエアは飲み口の厚みもほどよく、紅茶の水色を一段と美しく見せてくれる逸品だった。何たることか不注意で破損してしまい、今はそれによく似た某社のホテルウエアを使っているが、先輩には遠く及ばない・・・あのモデルが復刻されればいいのにと思う。

 

崖っぷちブルース 日刊スポーツ競馬コラムのお気に入り

日刊スポーツを長く愛読している。主に読むのは競馬の紙面。この崖っぷちブルースが毎土日楽しみなのである。筆者・山田準氏が御大、舎弟、番頭といった怪しき呼称で呼ぶ友人・知人氏が毎回登場し、その衝撃的な崖っぷち人生を披露して読者に勇気を与えてくれる。この世は悲哀の渦だから、♪ブルースっていい。崖っぷちマンボ、崖っぷちルンバ、崖っぷちポルカなども滑稽味があって笑えるかもしれないが。崖っぷちタンゴなんて踊ったら危なそうだ(アルゼンチン共和国杯の後、東京競馬場のパドックで行われる恒例のアルゼンチンタンゴのパフォーマンスを見て思った(+o+) かつては、最近惜しまれながら競馬担当から異動した鬼デスク・S氏の穴の法則、場外ホームランなんていうコーナーも好きだった。聖なるころがしも懐かしい(確か異動で最後のコラムとなった日、見事聖なるころがしを成功させて有終の美を飾ったはずだ。お見事!)デジタルメディアの普及で紙のメディアはほとんど買わなくなったが、土日の朝コンビニでスポーツ新聞を買い、それを新しいインクの匂いを嗅ぎながら競馬場で広げる楽しみは格別で、これがないと競馬場の一日が始まらない。年季の入った競馬ファンには通過儀礼なのである。

咳をしても一人・・・競馬で負けて何故か尾崎放哉

尾崎放哉。中学生のころ教科書で学んだ。その後詳細な伝記を読んだが、金はなく酒乱なくせに東大出を鼻にかける、みなに嫌われる人物とのことだった。秀才なのにエリートコースを外れ、極貧の中で俳句を作ったという。咳をしても一人。こんな日もある。今日は嫌いな騎手が勝ったので面白くなく、馬券も外し、東京競馬場からの帰り道、5時を告げる遠き山に日は落ちてがひときわ淋しく胸に響いた。冷たい木枯らしに吹かれ、懐も寒く・・・好悪の感情は厄介だ。つまらないことで機嫌が悪くなる狭量な自分が情けない。嫌いって感情って何なんだろう。今更ながらそんなことを考えた。

いまNHKフィギュアで友野一希がウェストサイドストーリーをBGMに演技している。この映画も本家ロミオとジュリエットと同じく、憎しみ合い対立する若者たちの悲劇を描いていた。若さゆえ、共存の道を模索するではなく、やるかやられるかの袋小路に自分たちを追いやって破滅への道を突き進む不良グループの若者たち。大人にすれば、まあまあ仲良くやりなさいよと言ってやりたいくらい憎しみ合う理由など見当たらないのだが、彼らはもう盲目的に相手が嫌いなのだ。不倶戴天の仲。嫌いという根深い感情はどうしようもなく心にはびこり、負のオーラで満たす。もちろん不快な状態だ。かと言ってそこから脱却するのは容易ではない。

何かを好きになる気持ちを止めることができないように、その逆も然り。好きも嫌いも一種の執着の光と影なのか。何かを愛する力がある限り何かを嫌う力もあるのだろう。生きていく上で避けようがない感情だ。それを超越するにはO嬢の物語のO嬢のようにアパテイアに至るか、釈迦のように涅槃に入るしかない…現実的ではない。人は死ぬまでそんな心の振幅に翻弄され、滑稽にのたうち回るのだろう。なんて慰めにこんなこと言ってもやっぱり嫌いなものは嫌い。好きにはなれない。人間は業が深い。今日はつまらない自分を感じてとにかく孤独。咳をしても一人。尾崎放哉を身近に感じる。彼は自己嫌悪と諦めの中で自虐的にこの句を詠んだのだろう。こんなよい月を一人で見て寝る。これも放哉。競馬で負けて尾崎放哉に共感するとは不思議な縁だ。ソクラテスも言うように、人間は不幸を感じると哲学する傾向がある。知性を鍛えるのは素晴らしいことだが、私は馬券を当ててハッピーで能天気に過ごしたいと切に願う。特に冬へと向かうこんな淋しい夜には。