Je t’aime…moi non plus ゲンズブールマジックが煌く切ない恋物語

男女の愛の睦言をそのまま吹き込んだようなデュエット・Je t’aime…moi non plus. 最初に聴いたのはゲンズブール&バーキンヴァージョンで、あまりにセクシーなので驚いたが、後年ゲンズブール&バルドーヴァージョンを聴いて更なる衝撃。前者をはるかに上回る色っぽさなのだ。さすが往年のフランス№1セクシー女優といったところ。元々はこの曲、ゲンズブールとバルドーが恋愛関係にあったとき、彼女に請われて書いたものなんだそう。実生活で情熱のさなかにいる二人が、世界で一番幸せなカップルなのではと思わせる熱~い歌いっぷりを披露しており、なまめかしいことこの上なし。

しかし、当時ドイツ出身の写真家でプレイボーイとして有名だったギュンター・ザックスと結婚していたバルドーが、ゲンズブールとの関係がスキャンダルに発展するのを恐れて発売の差し止めを求めたのでお蔵入りとなってしまう。バルドーのために作った歌なのにとゲンズブールはかなり落ち込んだようだ。(後に動物愛護団体を設立したバルドーが、売り上げをそこに寄付するならとリリースに同意したので日の目を見ることになる。)その後、事実上の妻となったバーキンと再びデュエットするとは彼なりの悪趣味の美学なのだろうか。。。それにしてもこんな詩を書いてしまうゲンズブールって何者?そりゃあ発禁になるだろう。母国語でないフランス語だから平然として聴けるが、日本語でこんなこと歌われたらちょっとというかかなり驚く。昔のサザンとか忌野清志郎のノリ?

で、今回はその映画の話。時代も場所も特定されないノーマンズランドのスナックで働く男の子みたいな女の子、ジョニー。太った店主のボリスにこき使われ、何の楽しみもないような日々を送っているところに、クラスとパドヴァンという、ごみ収集を生業とするゲイカップルが現れて。。。クラスははじめ、ジョニーを少年と勘違いするが、残念ながら女の子。でもお互い惹かれあい、三角関係が始まる。

冒頭から、血だらけのカラスの死骸だったり、ごみ処理場だったり、汚れたダンプカーだったりと、およそ恋愛映画にふさわしくないアイテムが登場する。
豚かと見まがうほど醜い犬も出てきたり。。。(この犬、ゲンズブールがバーキンにプレゼントされて実際飼っていたブル・テリアのナナという雌犬なのだそう。バーキンの祖国・イギリス原産で、当時のイギリスではとてもポピュラーな犬種だったとか。のちにゲンズブールの伝記映画でゲンズブール本人が、ナナが亡くなった時それまでの人生で一番泣いたというようなことを語っており、しんみり。)

閑話休題。クラスとジョニーが愛を交わそうとするのも薄汚いモーテル。ゲイのクラスは女性を愛せず、それを罵るジョニーだったが、やがて男同士の愛の行為を受け入れようとする。苦痛に耐えられずモーテルの部屋で絶叫してしまうため、不審者扱いされて追い出され、なかなか思いを遂げることはできず。。。やっと結ばれるのは汚いダンプカーの荷台の上。想像したラブストーリーとは全然違うので戸惑いながら見ているうちに、ゲンズブールマジックに魅せられている自分に気づいた。
汚れた、異臭が漂いそうな背景との対比で、登場人物たちの美しさ、純粋さが際立って見えるのだ。すべてがゲンズブールの研ぎ澄まされた審美眼によって選ばれたオブジェなのだろう。モーテルでのラブシーンも、多くの男性が惹きつけられるであろう胸や腰ではなく、ジョニーのむき出しの背中をひたすら撮り続け、一筋縄ではいかないゲンズブールの美意識を感じさせる。

クラスとパドヴァンがごみ処理場でじゃれるように抱き合うシーン

ジョニーが、クラスがごみの中から拾ってきた人形を抱いてクラスを思うシーン

太った醜い女がストリップを繰り広げるダンスパーティで、クラスとジョニーが抱き合って踊るシーン(BGMはje t’aime・・・!)(一番好きなシーンでもある)

嫉妬に狂ったパドヴァンに殺されかけたジョニーが、去っていくクラスを涙ぐみながら追うシーン

どれも切ない恋心を表現していて見事だ。テーマ曲のBallade de Johnny-Janeも泣かせる。さあ、ジョニージェーン、すべて忘れてやり直し。あの灼けつくような短い日々の思い出を消してしまおう。また別のトラックがやってきて、君をもう一つのフロリダへ連れて行ってくれるよ。

束の間の恋に酔いしれ、それを失ったジョニーが哀しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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