ツバメのように

ユーミンには人の死を歌った名曲が多い。デビューアルバムのひこうき雲のみずみずしい感性は言うまでもないが、その後に発表した死にまつわる歌もみな、個人的な体験が普遍化したかの如く、感情移入できるもの。戦争で恋人を亡くし精神に異常を来した女性を描くミス・ロンリー然り、白血病で他界した彼との思い出を語る雨に消えたジョガー然り、失恋して旅路での死を選ぶコンパートメント然り。と列挙してみたらみな時のないホテルからなのか。私がなんだか淋しい時に思い出すのはいつも決まってこのツバメのように、なのだが。

ユーミン自身が語っているように、ツバメのように、はシャンソンのパリ・ソワールを下敷きにしている。投身自殺した女性の顔にハンカチがかけられていたのが、本家ではパリ・ソワールという夕刊誌。その彼女を誰かがあまり美人じゃないと言ったのも本家の通り。そんな裏話を聞いても、ユーミンの歌の魅力は全く色あせない。女性が死を選んだのは、裏切った恋人のせいじゃない、どんな言葉に託そうと淋しさはいつも人の痛みなの、と歌うユーミン。30年ぐらい前、コンパートメントってミュージックビデオにも収録されていた。今でも痛切に思う・・淋しさはいつも人の痛み。

 

 

マリンのシャツ 異郷の妖精・イザベル・アジャーニの歌う悲しみ

美しかった・・・イザベル・アジャーニ💛フランス女優ながらアルジェリア移民とドイツ人の血を引く彼女、異郷の妖精・神秘と狂気のヒロインといったイメージで日本のフレンチシネマファンの間で大人気だった。そんな彼女がセルジュ・ゲンズブールの歌を歌ったのがこちら。もう30年以上前のアルバムなのか。マリンのシャツってタイトルが素敵。♪プールの底に触ったの 小さなマリンのシャツを着て ほつれっぱなしにしておいたあなたからのプレゼント 私は見捨てられているみたい 私の目がマリンブルーなのはプールの底にいる時だけじゃない あなたはその目を見つけて私のところにやってきた 底に触れるまでの間 私は後ろ向きで沈んでいく 底で起こることに気づかないまま プールの底で溺れて 誰もあなたを見つけない 小さなマリンのシャツ 絡みついてあなたを抱いた もう引き返せないところで いわば私たちの愛の限界で♪恋人から贈られたマリンブルーのシャツを着て、プールの底に沈んでいくってヴィジュアルがまた素敵。去っていった恋人を思う切ないバラードだが、私は内容よりも濡れた髪のアジャーニがマリンブルーのVネックのセーターを着て遠くを見つめているアルバムジャケットが何より好き。

他には彼女をスターダムに押し上げた”アデルの恋の物語”の主人公を思わせる、恋に取り憑かれた女性が絶望的に放浪する姿を歌った”Ohio”、ディビット・ボウィへのオマージュ”Beau oui comme Bowie”(ウィが韻を踏んでいるところがゲンズブールっぽくっておしゃれ。ボウィのことを、少しオスカー・ワイルド、少しドリアン・グレイ、冷たい閃光と氷のようと歌う)などが好き。女優の歌って台詞っぽいと言おうか独特だ。歌唱力より表現力。ゲンズブールは声量のあるいかにも歌手って感じの歌い方が嫌いで、だから女優と仕事をするのが好きだったそうだ。女優に慣れていないことをやらせると不思議な魅力が出て、それが彼の審美眼に適っていたのだとか。先日ルイ・ヴィトンに行ったら店内にBeau oui comme Bowieが流れていたので驚いた。おそらくデザイナーの二コラ・ジェスキエールのミューズであるシャルロット・ゲンズブールからのゲンズブール繋がりだろう。ちなみにこのマリンのシャツ、リュック・ベッソンによるビデオクリップもおしゃれで話題になった。アジャーニっていつも今にも泣き出しそうな顔をしていて、それが何とも魅力的。

失恋レストランー道化師=ピエロの溜まり場ではなかった(+o+)

名曲なのに!清水健太郎が問題を起こしすぎるので?懐メロでも取り上げられないのが残念。当時はああいう浅黒い肌に白い歯でギターを弾いて歌う歌手は珍しかった。40年以上前だろうか、彼の全盛期に軽井沢で見かけたことがある。子供心になんてかっこいい人なんだろうと感動した。子供の感覚もいい加減だが、その後の人生で芸能人を見てあれほど感動したことはない。それがのちの度重なる薬物騒動でがっかり。その失恋レストランの歌詞についてなのである。♪好きな女に裏切られて笑いを忘れた道化師がすがる失恋レストラン♪とあり、つい最近まで数十年間、失恋レストランにはシルクのてかてかした衣裳を着て唇をオーバーサイズに縁取り、目に星なんか描いたピエロばかりが集まるのだと思っていた。

 

おかしな光景だ。疑問には感じていたが、それが隠喩だとどうして気づかなかったのか信じられない。ず~っとその絵をイメージして聴き、歌っていたのだから。たくさんのピエロが泣きながらメイクも崩れて飲み食いするファンタスティックな光景に酔い痴れていた一方で、最後の歌詞は冷静に受け止めていたのが不思議♪ねぇマスターラストオーダーは失恋までのフルコース♪ラストオーダーがフルコースだったら店側は大変だと同情を覚え、心優しいマスターが怒りに駆られてハートブレイカーたちを傷つけなければいいがと危惧していた。外食産業がブームを迎える前の話。失恋とレストランを結びつけた発想もつのだひろさんクールだ。

東方之珠ー羅大佑が歌う東洋の真珠・香港への愛

香港が中国に返還された1997年当時、縁あって香港に住んでいた。そのころ聴いた、英国領であった香港を歌った美しい歌。♪小さい河が湾曲して南に流れる 香港まで辿り着いたら見に行こう 東洋の真珠 愛しい人 あなたは昔のままに風情溢れる街なのか 月光が揺れる港 夜のとばりに包まれて明かりが煌く 東洋の真珠よ 眠らない街 世につれてめまぐるしく変容する約束を守り続けている 海風よ五千年の月日を吹き飛ばして 涙の一粒一粒があなたの威厳を物語るよう 海よ一緒に神のご加護を与えよう 永遠に変わらない私の黄色い顔を忘れないで 小舟は港を目指し 振り向けば 海は洋々と果てしなく 東洋の真珠よ 私を抱きしめて あなたのその淋しい胸を温めさせて♪作者の羅大佑は台湾の人で共産主義を批判した歌も多いがその限りではなく、切ない恋歌にも名曲が多い。滾滾紅塵とか恋曲2000とか、痴痴的等とか。東方之珠は、何と言っても白人の支配下にあった香港に向けて永遠に変わらない黄色い顔を忘れないでと歌っているところに感動する。皇后大道東というアルバムに収録されていた。これだけが北京語でその他は広東語の歌。中国大陸に向けて発信するために北京語で歌う必要があったのか。広東語はわからないけれど好きなアルバム。

あの人の手紙 不思議なタイトルのかぐや姫の反戦ソング

学生時代、先輩がカラオケで歌っていたので知った。最後まで聴いたら怖くてその夜眠れなくなった。かぐや姫の反戦ソング。出征した恋人が幽霊となって帰ってくる話で、妙に心に残った。まずタイトルがなんだか不思議。あの人の手紙って、あの人が書いた手紙かと思うと違う。あの人の死を知らせる手紙なのだ。歌詞の中でも呼びかけがあなたになったりあの人になったりで錯綜しているのが珍しい。歌詞の宿命・字数制限のせいだろうがそれがかえって効果的で、主人公の乱れる思いを物語っている気もする。全体的に突っ込みどころ満載の詩ではある。とはいえ詩の魅力は整合性に欠けるからと言って損なわれるものではない。初めて聴いた日からもう数十年ーいまだに8月15日が近づくとこの歌を思い出す。声高に直接戦争を糾弾するのではなく、愛し合いながら引き裂かれる者たちの悲痛な叫びを歌っていることがより心に訴えかけてくるのかもしれない。

結束 (Taiwanese song)

北京語で”終わり”、の意味。台湾のアーティスト・李宗盛の作品で色々なヴァージョンがあるが、私が好きなのは潘越雲と陳昇によるデュエット。李宗盛は往年の台湾のヒットメーカーで、20年ぐらい前よく聴いた。レスリー・チャン主演の覇王別姫の主題歌とか、MVの辛暁qi(日本語で出てこない)の慟哭のパフォーマンスが忘れがたい領悟とか、陳淑華の夢醒時分とか、問とか。と言っても20年以上前のTaiwanese popsに精通している人でなければご存じないだろう。当時の香港のスター・林憶連は、領悟の歌詞を読んだだけで涙が出たと語っていた。彼女は李宗盛と結婚し一児をもうけている(その後離婚)。その蜜月時代に行ったライヴでは二人の熱愛ぶりが伝わってくるようなパフォーマンスを見せており、その中で彼女は領悟を歌っている。辛暁qiとはまた違った魅力。

領悟は別れを歌った歌。♪長いこと愛し合った二人が今ここで終わる 私の心はあっという間に荒れ果てる♪とか♪私たちの愛が間違いだったなら、二人が無駄に苦しんだのではないことを願う もし心から愛し合ったのならそれだけで満足するべきなのよ♪とか、恋愛を経験した人間ならおそらく共感するであろう言葉が綴られている。そして私のお気に入りの結束は♪夜、別れる時はいつだって、泣かせる言葉を言ってくれるわけでもなく、なんだか物足りない あなたはいったい何が欲しいの?決して口に出しては言わないけれど、こんな結末ではないよね♪と歌う。女性は彼が、ほろりと来るような何か決定的な愛の言葉を言ってくれるのを待っているが、彼はいつまでも何も言ってくれず、心情的に行きつくところまで行っていない。彼女は切ない思いをかみしめている。そんな状況を潘越雲と陳昇は情感たっぷりに歌い上げる。いつ聴いても心に沁みる。冒頭の写真はこの歌が収められているCDの潘越雲。今みるとブルゾンちえみに似ている。直線的な前髪と眉毛のせいだろうか。

りんごのにおいと風の国-ハロウィンの季節になると思い出すユーミンの名曲

この季節になると思い出すユーミンのこの歌。もう40年近く前の歌なのか。ほとんどの日本人がハロウィンなど知らない時代にこんな歌を作ってしまうユーミンはさすがだ。それよりさらに前、避暑地の出来事という歌ではやはり日本人にはなじみがなかったであろうカンパリを歌詞に入れており、彼女がどれだけ時代に先駆けていたのかよくわかる。

物悲しいギターにのせてユーミンが♪ハロウィーンと歌うと、冬へと急ぐ季節の温度や香りが漂ってくる。黴びていく枯れ葉の匂い、パンプキンパイの焼けた匂い、寒くなる朝、透き通っていく空気ー厳しい冬の前、短い秋の風物詩。いのこずちをセーターに投げるという歌詞があり、子供のころはそういう遊びをよくやった。最近いのこずちって全然見ないけど。近年の日本はハロウィンブームで、仮装して街を闊歩する楽しいイベントってイメージだが、私にとってのハロウィンはユーミンの歌のように晩秋のちょっと淋しいイメージ。ジェームス・ジョイスのDublinersにclayという一編があり、職場の同僚たちがハロウィンを祝う様子が描かれている。そこにハロウィンで食べるお菓子、バームブラックが登場するのだが、読んだ当時はバームブラックなど知らなかったので、どんなお菓子なのか興味津々だった。伝統的なフルーツケーキだそうで、中国のフォーチュンクッキーみたいに中に指輪だの硬貨だのが仕込まれていて、何が当たるかによってその後一年の運命がわかるという。

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今年ももうすぐハロウィン。クリスマスをはじめ宗教行事が所変われば全く違うものになるのは言うまでもないし、その効果で経済も回るのだから物申す気もないが、信仰を持たない私は違和感を覚えてしまう。大手広告代理店などが提唱する価値観に振り回され、洗脳されて生きてるんだって虚しくなったりする。しかし!異教徒の祭りを祝うのは抵抗があるなんて言いながらジャックオーランタンを愛で、クリスマスカードなんて書いてしまう自分が笑える。イースターの卵だって好きなんだから全くーまあ、一貫した姿勢がないのもある意味姿勢だということにして楽しもう。そういえばユーミンにはベルベットイースターなんていう名曲もありましたね。♪空がとっても低い 天使が降りてきそうなくらい♪とどんよりした春の空を歌った感性には感動しました。

ディアギレフの見えない手

加藤和彦・安井かずみ夫妻が1980年代に発表したアルバム・Belle excentrique。常に時代を先駆けたおしゃれな二人がフランスのエスプリをシックに表現していて、当時の日本人には早すぎた観があるーと言っても、ロスチャイルド夫人にしろジャン・コクトーにしろ20世紀の名士、いま彼らの名前を知っている日本人もごく一部だろう。昭和は遠くなりにけり。ディアギレフの見えない手、とはその珠玉のような作品群の一つ。ディアギレフという聞きなれない名前も手伝い、妙に心に残った。ウォッカで人生の憂さを晴らす男が、パリのサクレクール寺院の鐘の音を聞きながら頽廃的に♪この世の憂さ晴らすのはvodka・・・故郷を偲ぶのはvodka・・・オペラ座の鐘が鳴る 乱れた心の鐘が鳴る 人生の舞台裏で糸をひくのは見えない手♪と歌っており、子供心にディアギレフとはおそらくかなりの策士なんだろうなと思ったことを覚えている。

このアルバム、ジャケットは金子國義の絵で、長身痩躯の黒いスーツ姿の男性が額と手から血を流して立っている。ちょっと不気味な感じだが、金子國義のファンだった私はとても気に入り、勝手にその男性を策士と思しきディアギレフに重ね合わせていた。当時は、ディアギレフが20世紀初頭にロシアバレエ団を結成してヨーロッパで活躍した天才興行師だということは知らなかった。それから時は流れ、数年前、国立新美術館で開催されたバレエリュスの衣裳展に行った時、実際のディアギレフの写真を初めて見て・・・想像とあまりに違っていたのにびっくり( ;∀;)いまは死語?のいわゆるずんぐりむっくりー背は低く、太っていて、胡散臭い雰囲気を漂わせ・・・まさに興行師のイメージそのものではあったものの、金子國義描くところの瀟洒な身なりの男性からはあまりにもかけ離れていて結構ショックだった。

それでもただならぬ存在感を示すディアギレフに興味を持ち、オランダ人作家による彼の伝記・A lifeを読んでみたところ、イダ・ルビンシュタイン、トルストイ、ストラヴィンスキーなどなど、今日まで語り継がれる名だたる芸術家たちとの交流を含む彼の人間関係にまつわるいろいろなエピソードや、当時のロシアのライフスタイルが語られていて面白かった。特に忘れがたいのは、19世紀ロシアの上流階級の家庭では、男の子が思春期を迎えると父親が娼館に連れて行く習わしがあったということ。農奴解放以前は、農奴の女性が娼婦の役目を担うこともあったとか。ディアギレフも父親に連れられて娼館に行くが、彼は同性愛者だったのでその時の経験を屈辱的に思っていたのだそうだ。長じてからの彼の恋人はみな美しい青年で、バレエ団のプリンシパルなどほとんど彼の恋人だった。恋人を一流の芸術に触れさせて育てていくのが彼の流儀で、有名なのはニジンスキー。

バレエ公演を続けるには当然ながら莫大な資金が必要で、ディアギレフは常に資金集めに奔走していたが、もちろん多くのパトロンがいた。パリの社交界人士をはじめ、かのココ・シャネルも彼のパトローネ。シャネルは彼の死に水をとったという。美しいものが大好きで、芸術的センスにあふれ、また天才を見出す天才でもあったというディアギレフ。シャネルはディアギレフが休んでいるのを見たことがないと書いている。常に行動あるのみで、莫大な借金を作り、金があれば浪費する人生の果て、糖尿病の悪化で57歳で没したときに残したものは、カフスボタン一つだけだったという。。。なんてかっこいい生き方なのか。

バレエリュス100周年記念にパリ・オペラ座で開催された公演のビデオ上映を、この夏東急文化村で鑑賞した。夢のようなひととき。牧神の午後、ペトルーシュカ、薔薇の精、それに初めて見た三角帽子!こちら初演の衣裳デザインはなんとピカソ。天才同士のコラボレーションだ。薔薇の精のメロディは、子供のころのバレエ教室で、レッスンの終わりに生徒が一人一人先生に挨拶する際に先生がピアノで弾いてらしたもので懐かしかった。

一つの歌が縁となって、色々な文化を知りえるのは素晴らしいこと。精神の旅への誘いのようなものだ。ディアギレフを知る機会を与えてくれた加藤和彦・安井かずみのお二人、また特異な美意識に共感した金子國義も鬼籍に入られたが、彼らが残したものは後世の人々に影響を与え続けている。芸術には命があるから。余談ながら、Youtubeで偶然目にした、白っぽいスーツを着てIt’s a small cafe?という歌をうたう加藤和彦が哀切な感じで好きだ。