思い出のチーズケーキー20世紀のリッチテイスト

今までの人生で一番美味しかったチーズケーキ。子供のころ、母が持っていたお菓子の本に載っていた。チーズ風味のスポンジ台の上に、チーズクリームとメレンゲを混ぜた種を重ねて焼く。甘味を押さえた濃厚な味。チーズクリームは、まずカスタードクリームを作り、それをすりおろしたエダムチーズと卵の黄身を混ぜて作ったシュー種に加えて仕上げる。そこに卵の白身をもったりするまで攪拌して砂糖を加えたメレンゲを混ぜ合わせる。それをスポンジ台に乗せて焼き、焼きあがったら洋酒で溶いたあんずジャムを塗って完成。これがたまらなく美味。子供の頃、まずはこの写真に憧れた。ダイヤモンドリナーなんてチーズおろし器、当時は見たこともなく、買ってもらった時はうれしかった。エダムチーズもこの本で初めて知った。アプリコットジャムというのもおしゃれな感じで、背伸びしたい女の子の心に響いた。(杏里のデビューアルバムのタイトル・そういえばアプリコットジャムだった( ^)o(^ )10代、お菓子作りに目覚めてから何度このチーズケーキを作ったことだろう。初めて食べたのがこのレシピだったからか、どうしてもレアチーズケーキは受け付けなかった。友達はレアの方が好きという子が多かったけど。

昭和のお菓子のレシピ本って概してカロリー計算度外視というか、今見ると作らない方が身のためと思われるリッチテイスト。でもとにかく凝っていて、簡単に作れるものではないところが風格を感じさせる。チーズケーキと言えば昭和の末頃に爆発的に流行したティラミス、私はあまり好みではなかったが、知り合いのイタリア人が、名前の由来はあまりに美味しくてハイになるからだと教えてくれた。赤坂・グラナータのティラミス人気だったな~。最近もニューヨークチーズケーキを始め、チーズケーキは相変わらずの隆盛ぶりを見せている。コンビニのスイーツ売り場にも必ずあるアイテム。チーズ党の多さを物語っている。

長じてからはお酒を飲むようになり、スイーツからは遠ざかった。今ではチーズはワインのお供で、好みもシンプルテイストのサムソーやコンテから、濃厚なマンステール、エポワスまで幅広くなったが、なぜかお菓子に加工されると苦手になった。ウォッシュタイプのチーズの強烈なにおいは大丈夫なのに、ピザの上で溶けているチーズもダメである。もうチーズケーキを作ることもないだろう。でもあのチーズケーキは母と一緒に作った思い出の味であり、レシピ本の重厚な雰囲気と共に忘れられない。

 

紅茶大好き フォションのアップルティも懐かしき紅茶愛

紅茶が大好き。かれこれ20年余り紅茶が私の朝食。紅茶を愛飲して30年以上になり、何とも長い幸せな蜜月を過ごしている。きっかけは何だったのか・・・友人によると、私は高校時代学校にジャーを持ち込んで紅茶を淹れて飲んでいたのだそうだ。本人は覚えていないのだが。学生時代、知り合いに頼まれてあるステンドグラス作家の展覧会を手伝った。その作家について何の知識もなく会場に向かったらま~感じ悪いこと。高々と結い上げた髪の毛がバーのママさんチックで時代錯誤感いっぱいなのにブルジョワ気取りの鼻もちならない中年女性で、屋内でも真っ黒いサングラスをかけていたのが不吉でものものしかった。

自分は神戸の裕福な家の生まれで、抜きんでた美術の才能を発揮し、日本のステンドグラス製作を牽引する存在で・・・事実ならもちろん素晴らしいが、人の自慢話を嬉しがる人間は少ない。とても芸術家とは思えない俗物ぶりが鼻につき、終始反抗的な態度をとってしまった。作家先生も困っていただろう。それでも報酬を受ける以上身を尽くして働いたつもりだが・・・お気に入りらしき顧客の訪問を受け、私はお茶を出すように指示された。その時彼女が言った一言、彼女のスノッブぶりを象徴しているようで未だに忘れられない。”美味しい、フォションのアップルティーを”。鳥肌が立った。美味しいかどうかは当人が決めることで、もてなす側の主観でどうのこうの言うものではない。あー嫌だなこの俗物根性と思いつつ淹れたフォションのアップルティー、それが得も言われぬ芳香を放ち・・プルーストのマドレーヌ同様、今でもフォションのアップルティーを飲むとあの俗物作家を思い出す。日本に紹介されたフレーバードティーの走りといった存在のフォションのアップルティー、あのリンゴの香りは絶妙だった。果物フレーバーはどちらかと言えば苦手な私にもいい香りだった。マドレーヌ効果でいわくつきの作家先生の思い出が甦るのはなんともおかしいが、それが我が紅茶遍歴の初期の記憶でもある。

その頃はフォションやフォートナムメイソン、ハロッズの紅茶が流行っていた。どれも一通り試して楽しんだ後、新興勢力の台頭でそちらに心を奪われ、どの銘柄を好んだのかは忘れてしまった。みな缶のデザインが素敵でたくさん集めていたっけ・・・ハロッズなどロゴの文字も決まっていて好きだった。ハロッズにせよフォートナムメイソンにせよ、リニューアル前の昔の缶のデザインの方が私は好きだった。

それから夢中になったのが1988年に日本に上陸したマリアージュフレール。大きな缶に紅茶を保管し、そこから量り売りするスタイルの紅茶専門店は当時の日本には珍しかった。シックな店内、黒地にイエローのイラストが入ったおしゃれな缶、白っぽいスーツ姿でサーブする男性の優雅な所作に魅了されよく通い、高価な紅茶ながら背伸びしてフレーバードティ中心に色々な味を試した。こちら、それぞれにつけられた名前がまた素敵。ミント風味の緑茶・カサブランカ、ラプサン・スーチョンの傑作・ツァーアレクサンドル、花とスパイスのミックスブレンド・ノエル、薔薇とナッツとベルガモットの香り・ポンディシェリーなどなど。。。廃盤になったものもあり、今となっては懐かしい。日本ではマルコポーロが大人気のようだが、私が何と言っても好きなのがモーリシャスのお茶・グランボワシェリ。ヴァニラの香りが何より好きであれこれ試した中でも、香りづけしていないのにかすかにヴァニラの香りが漂うこのお茶が個人的には一番。

マリアージュフィーバーの後に私を襲ったのが、以前西麻布と自由が丘にあった紅茶専門店・パレデテフィーバー。こちらでは主にノンフレーバードティを中心に楽しんだ。目覚めに紅茶を飲むので、ダージリンやセイロンだと上品すぎる。覚醒したばかりの官能を刺激するには力強く濃厚なアッサムがよく、色々なアッサムを飲んできたうちで一番好きだったのがパレデテのバザロニ。胡椒を思わせるようなスパイシーでコクのある味わいだった。自由が丘の店がクローズしてからすっかりご無沙汰しているが、久しぶりにまた飲んでみたい。

その他にも缶が素敵で気に入ったフランスのクスミティ、日本だとこれもまたパッケージが可愛らしいカレルチャペック、最近大躍進しているルピシアなどを愛飲してきた。自宅にいる時は人間ドックの受診日でもない限り、まず紅茶を飲まない朝はない。私にとって朝はイコール紅茶とのひとときなのだ。太陽の降り注ぐ朝はより楽しい気分にさせてくれ、どんよりした憂鬱な曇り空の日は勇気づけてくれるかのような積年の友。もはやかけがえのない存在。美味しさを一層引き立ててくれる器で飲みたい。20年以上も愛用したウェッジウッドのホテルウエアは飲み口の厚みもほどよく、紅茶の水色を一段と美しく見せてくれる逸品だった。何たることか不注意で破損してしまい、今はそれによく似た某社のホテルウエアを使っているが、先輩には遠く及ばない・・・あのモデルが復刻されればいいのにと思う。

 

キャロットハルーワ 入江麻木さんのレシピが恋しい

日本人が嫌いな野菜の上位にランキングされるにんじん。私もあの甘さが苦手で、惣菜として食べるのは好きではなかった。そんな向きには打ってつけの食べ方だと思われるのがこちら。インドの伝統的なスイーツだそう。思い起こせば、小澤征爾夫人のヴェラさんのお母様である料理研究家の故・入江麻木さんのお菓子の本で紹介されていた。名前は確か本場インドのものだった気がするが、実際作ったことはなかった。恐らくにんじんのお菓子というだけで及び腰になったのだろう。いま何が残念ってその本がもう手元にはないのである。入江麻木さんは昭和のころそれはそれは素敵なお菓子の本を出していて、子供だった私にはおとぎ話の世界の案内人のように思えた。背伸びして彼女のレシピに従ってお菓子作りに挑戦したけれど、完成品は本に載っていた写真とはあまりにもかけ離れていて自信をなくした。昭和のお菓子作りの本は概して本格的で、気軽に入っていける世界ではなかった。その中でも入江麻木さんのお菓子は芸術性がものすごく高かったのである。

 

私が作ったキャロットハルーワは、すりおろしたにんじんをバターで炒め、牛乳と砂糖、カルダモンを加えて煮つめ、レーズンと好みのナッツを飾るというシンプルなもの。でも美味しさこの上なし!とてもにんじんとは思えないのだ。カルダモンって言葉の響きといい香りといいファンタスティック♥ただ普段あまり使う機会はないので、賞味期限中に使いきれないのが残念。好みでコンデンスミルクを加えるレシピもあった。入江さんのレシピでは最後に銀箔を飾ったはずで、何ともおしゃれで子供心に感激した記憶がある。大量のにんじんを消費したいときなどよく作る。冷やしても美味しいが、私は出来たてが好き。入江さんのレシピを再現してみたいと切に思う。

ばくれんー死語に再会した感激、日本酒の名前です

莫連、と書く。すれっからしの女性を指す言葉。明治時代あたりに使われたのだろうか、実際耳にしたことはない。欲望という名の電車の主人公、ブランチを評して誰かが書いた文章で初めて知った。今は聞きなれない言葉なので、気軽に使えて面白い。あの人もなかなかの莫連で・・・と貶しても、誰も気づかないだろう。すれっからし、もほとんど死語のように思えるが、そう形容するより莫連を使った方が隠語度が高い。それが先日、某所でばくれんという山形の日本酒を飲み、まさか莫連の意味?とラベルを見ると、酒をあおる浮世絵風の女性のイラストが。ひっそりと、でも脈々と生きている言葉なのだと実感した。

言葉は時代につれ、その言葉に付与された価値が消滅すれば使われなくなるのだろうが、いわば言葉のシーラカンス、死語の歴史は興味深い。風情のある言葉も多いので時々こっそり使ってみたくなる。死語と意識せずに使う人のずれ感も面白い。数十年来の友人は、ご両親の影響か、昭和の死語を平気で使い続ける。胸の豊かな人をボイン、新しい服をおニュー、地に足がついていない人を夢見る夢子さん・・・ってこれかなり昔のボキャブラリーである。死語と気づかない感性、一種の鈍感力もなかなか凄い。時代を先取りする感性が魅力的なのと同様、彼女の、時代の空気に全く鈍い感性も私にとっては魅力的。死語はそんな人々によって支えられているのかもしれない。思いがけないばくれんとの出会いのように、いつかまた忘れている死語と出会えたら感激だ。

激辛foodに憑かれてー激辛愛好家界のフレッド・アステアと勝手に自負

激辛foodが大好き。と言っても食べ歩きの趣味はないので激辛の味を新規開拓するわけでもなく、いつも決まった店に行くばかり。まずはココイチの10辛。さらに辛みパウダーを振りかけてカスタマイズを楽しむ。店舗数が多いので、どこでも気軽に食せることがココイチの魅力。それからヤミツキカレー。昔の職場の近所にあったので、一時は週三ぐらいの割合で利用していた。激辛でもそんなに辛くはなく、カスタマイズ用の辛みは置いていないが、ラッキョウの食べ放題が嬉しい。さらに激辛を求めて、蒙古タンメン中本の北極ラーメン。今はいつも北極の4倍を食べるが、汁物だけあってかなり辛さが身に染みる。みなさん、汗と鼻水と格闘しながら召し上がってる感じ・・・ところがわたしは激辛を食しても汗をかかない。20世紀ハリウッドに、フレッド・アステアというミュージカルスターがいた。彼はタキシード姿で一切汗をかかずに激しいダンスを踊り、エレガンスの極みと称賛されていた。なので自分も激辛愛好家界のフレッド・アステアと勝手に自負している!(^^)!

他にも激辛を供する店にはいろいろお邪魔しているものの、上記の3店が私の激辛食の聖地か。自宅では、レトルトの大辛カレーにサドンデスソースを小さじ一杯入れて食べるのが好き。辛さが和らいでしまうので白米はなし。それも至福のひと時・・・サドンデスソースはラベルのMade with great karmaって表記がいい。