ジェフ・クーンズ 見てはいけないものを見せてくれるアーチスト

発売前から随分話題になっていたジェフ・クーンズ指揮下でのルイ・ヴィトンのコレクション、多くのLVファンの度肝を抜いたことだろう。最近は話題性のあるアーチストとのコラボレーションを展開するハイブランドが多いが、まさかルイ・ヴィトンが古今の絵画をモノグラム・キャンバスに載せるとは、草間彌生で驚いている場合ではなかった。もちろん寛斎とのコラボだって驚きだ。モノグラムの上の達磨や歌舞伎の隈取り、ツーリストにとっては新鮮なのだろうが。この春、ルイ・ヴィトンの店頭に並んだ絵画プリントシリーズ第一弾を見た時、自分がルイ・ヴィトンショップにいるとは思えなかった。もはやジェフ・クーンズの世界。ルイ・ヴィトンは遥か彼方に退いたかのようだった。ルイ・ヴィトンのアイコニックなフラワーモチーフとLVのロゴに自身のJKのロゴをゴールドの金具で配したデザインは素敵だったけど。一番印象的だったのは、バッグの内側にモナリザならダ・ヴィンチの、糸杉のある麦畑ならゴッホの肖像がプリントされていたこと。外観以上に価値があるようにも思えるこだわりのディテール。新しい試みは常に賛否両論を呼ぶ宿命にある。今回のルイ・ヴィトンの作戦は下品すれすれの爆発的なインパクトに賭けた冒険だったのではないか。

ルイ・ヴィトンの方に伺ったら、デザインはジェフ・クーンズに一任してLV側は一切口を出さない契約だったとのこと。寡聞にして詳しい来歴を知らなかったが、相当力のある人物なのだろう。LVの公式サイトでジェフ・クーンズの写真を見ると、完全に目が飛んでいて得も言われぬ胡散臭さが漂う。気になって調べたらwikiでアメリカ出身の前衛芸術家とあり、その今までに例を見ない作品の数々が紹介されていた。読み進めていくうちに彼の私生活に関する記述を目にし・・・な・ん・と!若き日、あのチチョリーナと結婚していたのだという(その後離婚)。チチョリーナ!ハンガリー出身でイタリアでハードコアポルノ女優兼政治家として活躍した女性だ。30年ぐらい前日本でも巷間を騒がせた。彼女が来日したとき偶然成田空港で見かけ圧倒された。活火山のような見事な胸に奇抜なメイクが歩くポルノグラフィといった感じの、噂に違わないド迫力の女性だったのだ。そうか!それで一気にジェフ・クーンズを理解した(気になった)。

このお二人まさに天の配剤。なぜか赤裸々って言葉が浮かんでくる(なぜだ)。規格外の胡散臭さ、いかがわしさ、ここまでお似合いのカップルも珍しい。おまけにクーンズは二人の愛の営みをモチーフに作品を制作したそうで、彼女との結婚も含めてセルフプロデュースの天才なのか。クーンズ&チチョリーナが結びつき、老舗の高級ブランド・ルイ・ヴィトンを(おそらく)翻弄した風雲児に関する疑問が氷解したのがおかしい。初めて彼の顔を見たとき、関根勤に似ていると思った。それは彼のアイコンがラビットだからで、気のせいだろう・・・ルイ・ヴィトンのバッグにチャームとして付いているそのラビットは全然可愛くなく・・・なんだか轢死体を俯瞰したような感じなのである。とはいえ異端の芸術は物議を醸し出しても燦然と輝く魅力がある。かつてやはり異色の映画監督・ピーター・グリーナウェイに悪趣味の美学を感じたが、ジェフ・クーンズはそれとはまた違う。クーンズは、良心のある人間が恥ずかしい、人目に触れさせたくないと思うものを白日の下に晒し、彼らがそれを羞恥心を持って見るのを喜んでいるかのよう。見てはいけないものを見たという感覚を喚起させる作品群。彼は言わば恥部の供覧会の主催者だ。秋には第二弾・モネにマネ、ターナーなどがリリースされ・・・そしてこれからLVはどこへ行くのか。オールドLVファンとしては興味が尽きない。

カラーコーディネート 似合う色を身にまとえば美人度3割アップ

カラーコーディネートを試されたことはありますか?私は今まで計3回、日本人女性二人とイギリス人女性一人に診断してもらったことがありますが、見立ては大体同じでした。色々なカテゴライズの方法があり、私は四季のグループに分ける診断を2回受けたところ冬にグループ分けされました。冴えた、明度の高い色が似合うのが冬グループだということ。私はずっと枯れ葉色の似合う人に憧れていたのですが、自分は似合わないと感じていました。カラーコーディネートの結果やはりその通りで、残念ながら秋の色がダメなんだとか。カーキなんか大好きなんですけどね。若い頃エルメスのスカーフが流行り、数枚持っていましたが我ながら全く似合わないと思っていました。エルメスはパッケージからしてオレンジで、深みのある秋の色が豊富なので私には似合わなかったのです。納得。

もっと早いうちに診断してもらえばよかった、そうしたら無駄な買い物をせずに済んだのにとつくづく思います。昔はその年の流行色の服を何も考えずに購入していたものです。店の人は何色を着ても必ずお似合いですよとおっしゃいますしね。好きな色=似合う色とは限らないのが何とも切ないけれど、一緒に診断を受けた友人たちもコーディネーターのアドバイスに従って好きな色をあきらめ、勧められたグループの色を身に着け出したら美人度が3割ぐらいアップした( ^)o(^ )ように見えます。似合う色を着るのって大切なんですね。しかし友人のカラーコーディネーターから怖い話を聞きました。ごくたま~に何色も似合わない人がいるのだそうです。さすがに本人には伝えずこういう言い方はよくないですがなんとかごまかすのでしょうが、自分がそうだという可能性もないわけじゃなし、へ~と思いました。そういう人はモノトーンがいいのでしょうか。それはさておき、色を楽しむっていいですよね。色の名前というのも風情があって素敵なものが多いですし。日本の伝統色名と色見本とか飽かず眺めてしまいます。

CHANEL 2017 AW 宇宙服の価格に驚嘆

今季のシャネルのテーマは宇宙で、カタログは銀色のパッケージで送られてきた。カール・ラガーフェルドは、”宇宙飛行士のトマ・ペスケに続いて、空を超えて星を目指す旅です”と語ったそうだ。スペースファンタジーに登場しそうなきらきら輝くアイテムがたくさん。グリッターを散りばめたブーツ、David Bowieにインスパイアされた(Space oddity? Life on Mars? それとも地球に落ちて来た男から?)色とりどりに煌くベルトやブローチ、(シャネルの方に丁寧に説明していただいたのに、何のイメージだか失念してしまった・・・ロケット打ち上げの瞬間?宇宙の彼方の色?)ベビーピンクのスーツ💛いつものことながらため息が出るようなラインナップだったが、一番印象的だったのは宇宙服をレントゲン撮影しておこしたというプリント。エレガントなシルクのブラウスやパンツの他に、モノクロでトレーナーやパーカーとして展開されており、カジュアルラインの方はそれを着て街を闊歩するアジア系ツーリストの姿が目に浮かぶようなアイテム・・・それがらみで宇宙服について伺った驚愕の事実。シャネルとしては宇宙服を購入して今季のテーマに取り組む所存だったが、その宇宙服が一着なんと10億円もするのだそうだ。さすがのシャネルも購入は断念して、レンタルしてレントゲン撮影などしたのだとか。10億円の服。オートクチュールの遥か上。そんな服を身にまとう宇宙飛行士ってすごい人なのだと改めて実感した。下はカタログの表紙のカーラ・デルビーニュ。

Dress me up-帽子とフレグランスなしでは外出できない

いつからそうなったのかー帽子とフレグランスなしでは外出できない。素顔で出かけるのには抵抗ないのに、妙なこだわり。私の信条の一つ、物事にこだわらないことにこだわる、に反する執着だ。フレグランスの自分史は長く、10代後半からいろいろな香水に魅了されてきた。そもそもは、ココ・シャネルの”香水なくしてエレガントな女性は存在しない”という言葉を知ったことによる。自身の香水をひろめるための戦略だろうが、名言だと思う。古くはゲランのミツコ(30年ぐらい前、憧れのナスターシャ・キンスキーの愛用品とのことで興味を持った。濃厚で神秘的なオリエンタルムードの香り)にアビルージュ(フランス語で赤い乗馬用のジャケットを意味する言葉で、メンズ用フレグランス。馬を愛する私としてはたまらない)、ディオールのミスディオール(苔の香りというのがなんとも不思議)、ジヴァンシーがオードリー・ヘップバーンのためにプロデュースしたランテルディ(フランス語で禁じられたもの、の意。ヘップバーン以外の人が使ってはいけないという意味だそう)シャネルの傑作・No.5(これとCOCOを一番長く使っているかも)、などなど、随分と香水遍歴したものだ。

そして20世紀末の衝撃のフレグランス・ディオールのプワゾン!大好きで何度もリピートして使い、ふんだんにつけて出かけた。今思えば周囲にはいい迷惑だっただろう。プワゾンは日本のバブル時代を象徴するような香りで、とにかく流行った。甘く、挑発的で官能的。香水に毒と命名するセンスもいい。六本木の某カフェで、強烈なプワゾンの香りを感じ、?と見ると視線の先に山田詠美がいた、なんてこともあった。その後タンドルプワゾンとかピュアプワゾン、ミッドナイトプワゾンなどの支流が発表されたが、私はオリジナルの香りが一番好き。でも、今使う勇気はない。。。。少しつけただけでもかなりの芳香なので。最近、香水が歩いているっていうほど香らせている人は滅多にいない。21世紀に入って香りもナチュラルなライト志向になってきているのだろう。私は20世紀に流行った濃厚な香りが今でも好きだけど。

いま主に使っているのは去年かおととし?にLVが満を持して発表したフレグランス。7種類を一斉に世に問うたのだから凄い。今年の春、7種類全部のミニボトルの詰め合わせが出たので試しに買ってみた。その場ではどれが好みか判然としなかったものの、使ううちに好きな香りが明確になっていった。今は断然、Turbulencesのファン。乱気流ってネーミングも素敵、胸騒ぎする感じで。今度はTurbulencesのフルボトルを買ってみようと思う。

そして帽子の話。シャネルファンの私としては、これももしかしたらシャネルが帽子屋から始まったといういきさつに関係あるのかもしれない。シャネルの美容部長だったフランソワーズ・モレシャン女史が自著で、帽子はiの字の上の点の部分。それがあってこそ初めて装いは完成する、というようなことを語っていて、なるほどと思った。それを読んだのはほんの子供のころだが、ずっと心に残っていたのだろう。それに、映画・ボルサリーノの影響か。ボルサリーノのハットをかぶったジャン・ポール・ベルモンドの姿が忘れがたく。ハットにキャスケット、キャノティエ、ベレーにトリルビー(これは19世紀末のイギリス作家、ジョージ・デュ・モーリア作の小説のタイトルだと知り、なぜか感激した。邪悪な催眠術師、スヴェンガリについて調べていて偶然知った)、もう帽子は死ぬほど好き。

これは20年近く前に香港で購入したボルサリーノ。日本では花の装飾のあるボルサリーノは珍しい。なんともおしゃれな一品。購入時と変わらぬ美しさなのがすごい。さすが老舗の技である。

エレガントなシャネル。上の黒いハットはティファニーで朝食をのヘップバーンを思わせる。下のピンクのハットはハンドメイドで、買ってはいけないような値段だったのに、悪魔に魂を売ったファウストのごとく、帽子に魂を売ってしまった私は誘惑に勝てなかった。。。

日本の帽子メーカーでは、以前南青山に店舗を構えていたアナスタシア。上の写真はそこの5年ぐらい前の作品。今は全国のデパートに出店しているが、当時は南青山の店を訪ねていくのが楽しみだった。可愛らしい装飾を施した帽子が多く、夢のような空間だった。お店の方もみなさん感じがよくて、よく話し込んだりした。懐かしい。帽子は保管に場所をとるのでもうこれ以上増やせないほどになってしまった。でもまだまだ帽子の旅も続くのだろう。

オスカー・ワイルド讃-世紀末文学の旗手の慧眼

ここ何シーズンかのハイブランドのコレクションは、どこも攻めに攻めている感じ・・・といえば誉め言葉にも聞こえるが、正直悪趣味なデザインばかりが目立つ。奇抜なプリント、tackyと称される柄on柄、一度着てしまえばすぐ飽きそうなアクの強い組み合わせ。誰が着るんだろうって素朴な疑問である。ファッションというのは上品な趣味の良さだけを追求していたらいずれは閉塞に陥るものなのかもしれないが、やりすぎ感が半端じゃない・・・動物や怪獣を思いっきりフィーチャーしたりして、インパクトは強烈だけど。そこでふとオスカー・ワイルドの名言を思い出した。”流行とはひとつの醜さの形であり、ひどく耐えがたいので、6か月ごとに変える必要がある” 慧眼だ。彼が生きた19世紀末のロンドンではどんなものが流行っていたのだろう。日本でいえば十人十色、蓼食う虫も好き好きの成句が示す通り、人間の個性は各人異なるものなのに、猫も杓子も同じものに追従する光景は確かにエレガントとは言えない。流行に関しては、20世紀はフランスの文学者・マンディアルグも、”今流行っているものの大半は既に半ば死んでいるものだ”との見解を示しており、なるほどと思った記憶がある。ジェントルマンの国イギリスに戻ると、ワイルドからさらに一世紀時代を遡ればダンディ王として君臨したジョージ・ブランメルがおり、彼は”着こなしの上手な人間は決して衣服によって目立ってはならない。いかなる種類であれ、派手な模様は一切寄せ付けてはならない”との名言を残している。さすがダンディズムを産み出した国・イギリスだけあって、ファッションに一家言持つ人の言葉には重みがある。

そんなことを言いつつ、一昨年だか、イタリアの高級ランジェリーブランド・ラ・ぺルラが発表した架空の動物のプリントは結構気に入ってしまった。翼ある象や虎、キリン、謎の怪鳥、一番面白いと思ったのはフライングオイスター。誰かが生牡蠣を食べる際に取り損なって飛ばしてしまったのが由来なのではと勝手に思っている。西洋にはギリシャ神話の時代から架空の動物を創造する文化があり、興味深い。ボルヘスの幻獣辞典で知った、勝利の塔のア・バオ・ア・クゥーとか神秘的。と、オスカー・ワイルドの慧眼を称えるところが脱線してしまったが、ワイルドおよびブランメルに関してはまた別の機会に書いてみたい。