ティファニーで朝食を カポーティが描く都会のおとぎ話

このタイトルを聞くと、恐らく多くの人々がオードリー・ヘップバーンが主演したおしゃれなラブ・コメディを連想するだろう。冒頭、ジヴァンシィのシックな黒いドレスを身にまとった彼女がティファニーの前でコーヒーを片手にデニッシュペストリーを食べるシーンはあまりにも有名だ(ゴージャスな衣裳と紙コップのコーヒー、デニッシュとのギャップがおかしい)。様々な色が混じり合った髪、オーバーサイズのサングラス、首には何連だろうか贅沢な真珠のネックレスにダイヤ。彼女を飾る小道具も素敵で子供心に強烈に憧れた。

 

トルーマン・カポーティという原作者の名前を知ったのは高校生の頃、偶然彼の短編集を読んだことによる。タイトルはA tree of night、夜の樹。収められていた短編はどれも20代の青年が書いたとは思えないほど完成度が高く、研ぎ澄まされた感性が光るものばかりだった。特に好きだったのがThe headless hawk、無頭の鷹、とShut a final door、最後の扉を閉めて。前者はドッペルゲンガーを愛してしまう男の物語。愛する人間の中にいつも自分自身の壊れたイメージが見えるという慨嘆も印象的な彼は孤独な男。後者は自分自身に嫌気がさして逃げようとするがドッペルゲンガーに追いかけられる男の話。他にもドッペルゲンガーを取り上げた幻想的な作品があり、神秘的なものに惹かれる年ごろだった私はカポーティに興味を持った。そしてティファニーで朝食をの原作、Breakfast at Tiffany’sに辿り着いたのである。

小説は、今は作家になった主人公が駆け出し時代に住んだ部屋を懐かしく思い出すシーンから始まる。この立ち上がりがわくわくするーごちゃごちゃした、古い、陰気な部屋だが、ポケットに手を入れてこの部屋の鍵に触れるといつも気持ちが昂揚した。初めての自分自身の部屋で、自分の本があり、鉛筆立てには削られるのを待っている鉛筆があり、作家になるために必要なものすべてが揃っているように思えたからー希望に満ちた若者の活力が頼もしい描写である。そのアパートで彼の下の階に部屋を借りていたのが魅惑のヒロイン・ホリー・ゴライトリーで、彼は彼女を回想する。いつも鍵を忘れて、深夜帰宅すると上階の彼の部屋の呼び鈴を押し、ドアを開けさせたホリー。彼女の名刺にはミス・ホリディ・ゴライトリー(Holiday go lightly、お休みの日は楽しくいきましょう)、トラヴェリングと印刷されている。なんともチャーミング。白子のようなブロンドと黄色、黄褐色と自分で複雑に染め上げた髪、朝食に出されるシリアルのように健康的な雰囲気で、石鹸とレモンの清潔さがあり、頬はピンク色に輝いているホリー。子供時代は過ぎたがまだ大人の女にはなりきっていない顔つきで、16歳にも30歳にも見えるー実際にはもうすぐ19歳。この描写からはオードリー・ヘップバーンの顔は思い浮かばない。しかし、初めて会った時のホリーー細身の黒いシックなドレスに黒いサンダル、小さな真珠のネックレスを身に着けて、いかにも上品で細い体つきをしていたーこの一節を読むと、ジヴァンシィのリトルブラックドレスに身を包んだヘップバーンが登場してしまう。

後にカポーティのインタビュー集を読んで驚いたのだが、彼はティファニーで朝食を、をミスキャストだらけ(特に日本人写真家を演じたミッキー・ルーニー)でへどが出るなどとこきおろし、ヘップバーンをホリー役に起用したのは製作者側の背信行為だと糾弾している。ヘップバーンとカポーティは非常に親しい友人同士だったものの、カポーティ曰く、ホリーは、シックで痩せた、骨ばった顔をしたヘップバーンとはタイプが違う。彼女はとても頭のいい女の子だがヘップバーンとは全く違う意味で頭がいいのだという。オードリー=ホリーとしてインプットされている読者は困惑してしまう話だ。当初カポーティは妖精のようなヒロインにマリリン・モンローを望んでいたといい、後には、ジョディ・フォスターがホリーに打ってつけだと語っている。社会派映画でアカデミー賞を二度受賞した彼女とホリーのイメージは重ならないが、少女の頃、タクシードライバーやダウンタウン物語に出ていたころの彼女はほわーんとした雰囲気で、カポーティは当時の彼女を思い描いていたのだろうか。モンローにせよフォスターにせよ、いかにもシックで痩せている、という印象はないのだが。。。ホリーは南部からニューヨークにやってきた女の子で、カポーティはアメリカの南部美人を想定していたのだろう。それをヨーロッパ出身のヘップバーンが演じるのでは素地が違い過ぎたのか。以前さゆりというアメリカ映画があった。日本の芸者の物語で、主人公の芸者を中国の国際スター・チャン・ツィイーが演じると聞いて違和感を覚えた。そのとき、カポーティがティファニー・・の映画版に激怒したのもわかる気がした。

いずれにせよ、小説が世に出たとき、この魅力的なヒロインは熱狂的な支持を受け、カポーティの周りにいた社交界の女性たちは、自分こそがホリディ・ゴライトリーのモデルだとこぞって主張したという。カポーティとしては、彼が憧れていたプルーストが失われた時を求めてで試みたように、さまざまなモデルをホリーに昇華させたのだろう。1950年代の自由で奔放な女性像というと、ヨーロッパはフランス、悲しみよこんにちはでサガンが描いたセシル、我が日本では原田康子が挽歌で描いた怜子などが思い起こされる(未読だが、日本ではやはり50年代に、岩橋邦枝が逆光線という小説で奔放な女性を描いているらしい。かっこいいタイトルだ)。二人とも若さゆえの無分別の報いを受け、青春の終わりが暗示されているのに対して、ホリーは野性のイノセンスを保ったまま姿を消す。ホリーのその後の人生は語られていないが、主人公はホリーを、共に過ごした若く輝ける日々の中に封印してしまいたいのだろう。あのホリーが年を重ね、中年の失意を味わうなんて考えたくない。ホリーは現実の世界の桎梏から解き放たれた、天衣無縫な永遠のアイコンとして生き続ける。カポーティの描いたティファニーで朝食をは、めでたしめでたしで終わるわけではないものの、都会のおとぎ話でもある。

よく知られているように、カポーティは同性愛者だった。女性を性愛の対象として見ないせいか、彼の女性描写には乾いたタッチの洗練が感じられ、そこも彼の小説の大きな魅力である。ヘテロセクシュアルの世界とは別の愛の形。ティファニー・・・でも、随所にプラトニックラブが語られている。主人公とホリーがよく通ったバーのマスター・ジョー・ベルは、ホリーのことを、”体に触れたい”なんて欲望とは無縁の感情で好きだったと言う。カポーティ自身を投影した主人公の作家がホリーに抱いていたのも恋愛感情ではない。ホリーが、いつか自分の子どもたちをたくさん連れてまた帰ってきたいと語る大好きな街・ニューヨークへの愛、昔田舎で結婚していたホリーが年の離れた夫の家を飛び出した後、飼っていたオウムが”ルラメー、ルラメー(ホリーの本名)”としきりにホリーを恋しがって鳴いたというエピソード、捨て鉢になったホリーが飼っていた猫を雨あがりのハーレムで捨て、しかしすぐに後悔し、猫を探し歩いてあの猫と私はお互いのものだった、あの猫は私の猫だったと呟くシーン、みな温かいプラトニックラブで溢れている。

画像を入れるとどうしてもカポーティがくさした映画の印象が蘇るが、映画は映画で当時のニューヨークの街並みが美しくも軽やかに描き出され、小説と別物として見れば楽しい。(カポーティは、そんな魅力的な作品に仕立てた監督のブレイク・エドワーズを最低の男などと貶しているが(+_+))それにしてもオードリー=ホリーのティファニーファッションを真似した有名人のショットがたくさんあるのに驚く。シックと洗練の極みと言ったスタイルを再現する企画には共感するものの、どれも本家オードリーには遠く及ばない。マリリン・モンローそっくりさん大会と同じようなものか。オードリーにせよマリリンにせよ、エピゴーネンの出る幕はない本物の魅力とはこれかと思う。さすがだ。ちなみに、素敵なタイトルはカポーティが小耳にはさんだエピソードに基づくという。第二次大戦中のニューヨーク、ある土曜の夜。一人の中年男が海兵とデートした。彼は海兵のたくましい腕に抱かれて至福の時を過ごし、興奮さめやらず、感謝を込めて何か贈り物をしたいと思った。しかし二人が目覚めたのは日曜の朝で店は全て閉まっていた。彼ができることといえば海兵に朝食をごちそうすることぐらいだった。彼は海兵にどこか行きたい店はある?この街で一番豪華で高級な店を選んで、と言った。するとニューヨーカーではなかった海兵は、ニューヨークでおしゃれで高級な店といったらその一軒しか聞いたことがなく、じゃあティファニーで朝食をとろうと言ったのだった。

ティファニーがどれだけ有名だったかと言う話。

全編を彩る煌くようなホリーのエピソードはどれも何度読んでも飽きない。先述したホリーの外見描写をはじめ、ピカユーンという謎めいた銘柄の煙草を喫って、カテージチーズとメルバトーストが主食だとか、良家の子女とは程遠い生活ぶりもなんだか眩しかった。結婚する約束だった金持ちの御曹司の子供を流産し、入院した彼女を見舞った主人公は、彼女は12歳にもなっていないようにピュアで、雨水みたいに透明な瞳をしていたと綴る。件の恋人からの別れの手紙を前に、一気に年老いたような表情を見せるホリー。女っていうのはこの手の手紙を口紅もつけずに読むわけにはいかないのよ、と主人公に引き出しから化粧ポーチを取り出させて化粧し、悲しみに向け完全武装する。粋な強がり。

若くして時代の寵児となり、恐るべき子供と称されながら、文学賞の受賞という形では世間の評価を受けていなかったカポーティは、自分はもっと賞を受けるに値する作家だと信じていたという。同世代のノーマン・メイラー、ソウル・ベローなどはノーベル文学賞を受賞し、メイラーはさらに二度ピュリッツアー賞を受賞している。しかし、それらノーベル賞受賞者たちの作品が歳月と共に風化し、今や読まれなくなっているのと対照的に、カポーティの作品は21世紀の今でも読み継がれ、古典の相を呈している。私がかつて魅了された短編集然り、ティファニーで朝食を然り、今も燦然と輝く魅力に変わりはない。それもカポーティが本質的には人間の内面を見つめた、シリアスな作家だったからではないだろうか。

 

海を感じる時 暗い情熱の滾る青春を持て余して

何が驚きって、記憶を辿るとこの本を初めて読んだのは小学生の時なのだ。それもお小遣いで購入して。なんておませな・・・今ほど情報が溢れていない時代でも、小学生の好奇心は休むことを知らず、精一杯触手を伸ばして面白いものを探していたに違いない。講談社の単行本の表紙、児童書とは明らかに違う大人の雰囲気で嬉しかった。恋愛という未知の世界に心ときめかせる年ごろーそれにしても子供にはあまりに重い小説だった。作者の中沢けい、18歳の処女作である。高度経済成長が終わり、学生運動に失望した無気力、無関心、無責任の三無主義、いわゆるしらけ世代の高校生の性愛体験。地方都市の高校の新聞部に所属する早熟な主人公は小学生の時に父親を亡くし、女手一つで育てられる。母親にとっては希望の星だ。高校生、背伸びしたい盛りに彼女は新聞部の先輩・高野に恋をする。同級生より一足先に大人になりたい。そんな願望が彼女を駆り立て、決して自分を恋愛対象としては見てくれない高野に身を任せる。それが母親の知るところとなり、母親は何か汚いものでも見るような目つきで彼女を見、半狂乱になる。処女でお嫁に行きなさいと言われた時代なのだろう。彼女は高野への思いを募らせるが、彼が求めるのは体だけ。母との関係の緊張、高野への一方的な愛、すべてが満たされないまま時間ばかりが過ぎてゆく。

この小説、何よりもまずタイトルがいい。今まで憚られて語られずに来た、女性の性の神秘が明かされるのでは・・・との期待通りに、生々しい性描写に衝撃を受ける。高野の子を妊娠したのではないかと不安に駆られているとき、不意に体を貫くように始まる生理。”小さな蛇が鋭く体をくねらせ、出てきた。小さな赤い蛇が水晶のような目で、静かに見つめている”って、鮮やかでリアル。折しも雨に濡れたスカートの中に手を忍ばせ、彼女は生理を確かめる。”赤茶色の血が指先で、生臭いにおいを発していた” 美化するそぶりもない中沢けいが好きだ。そしておそらくこの小説を読んだ全ての人が胸に刻んだ圧巻のシーンは、ラストの、生理の血を夜の暗い海にたとえた箇所だろう。”海の水には、ねばり気があるようだ。タールの海だ。私の下腹にもタールの海がある。うねうねと、予兆と甘美な快楽が打ち寄せる” 若い表現者の描く海は概して青春と結びつきやすい祝福された場所。それを全く違った感性で捉える斬新さ。”世界中の女たちの生理の血をあつめたらばこんな暗い海ができるだろう。呪いにみちた波音を上げるだろう。下降をしいられる意識。生理の生ぐさいにおいの中へ” ヨットで遊び、サーフィンに興じ、水着で開放的になれる海。そんなイメージを一変させ、10代で女の業を見据えてしまった中沢けいって何者なのだろう。やはり18歳で衝撃の処女作をものしたフランソワーズ・サガンは青春の光と影を描いた。中沢けいの描く青春は精神と肉体のアンバランスな成長に戸惑う暗~い世界。光など差さない。この暗さがまたたまらなくいいのだけれど。

いかにも昭和の価値観がいっぱいのこの小説が数年前に映画化されたというので驚いた。というよりそれまで映画化されなかったことの方が不思議か。この小説が発表されてからどのくらい経っていたのかわからないが、衝撃的な内容だったからだろう、コンセプトアルバムが制作された。当時はカセットテープの時代で、ラジオから流れてきた歌を母が録音してくれた。私が気に入っていたのは”あなたの下宿”という歌。小椋佳作詞・作曲、オペラ歌手の五十嵐麻利江が歌っていて、哀愁を帯びた声が素敵だった。主人公が、東京の大学に進学した高野を追って下宿を訪ねる歌。ドラマチックで未だに覚えている。♪あなたから届いた返事封筒の厚さだけ喜んで それだけにあなたの遠さ読み終えて なおさらの淋しさ♪自分も恋人を追って下宿を訪ねてみたいなどと子供心に思った。残念ながらそんな機会には一度も恵まれなかった。昨年だったか、横浜のホテルニューグランドのレストランで隣のテーブルに見覚えのある女性が座った。中沢けいだった。健啖家ぶりを発揮してエネルギッシュに友人と思しき女性と食事を楽しんでいた(ように見えた)。海を感じる時から数十年・・・暗い情熱を感じさせる風貌は健在で頼もしかった。私は勝手に、この人に土着の縄文民族のにおいを感じて魅せられている。

lust caution・・・色・戒 不倶戴天の仲なのに・・・どんな関係でも愛は愛

20世紀中国を代表する女流作家・張愛玲の作品の映画化。邦題はラスト・コーション。てっきり最後の警告かと思ったら違い。。。日本語だとわかりませんね。日本公開時、”奥様悶絶!中国映画ラスト・コーションのやりすぎ四十八手”という煽情的な週刊誌の惹句に乗っかり観に行った。確かにこの人たちなにやってるの?と訝るアクロバティックなラブシーンの連続で、なまめかしいことこの上ない。しかし張愛玲がそんな下りを描くとも思えず、原作はいったいどんな話なのかと読んでみた。

1942年、日本占領下の上海で抗日運動に身を投じる女子大生のスパイ・王佳芝は、日本の傀儡政権のボス・易に近づき、暗殺の機会をうかがう。その過程で彼女の色仕掛けに易が乗るのだが、映画はずいぶんと想像をたくましくした展開になっている。命を狙う者とそうとは知らずに若い女に感情移入していく中年男。ましてや戦時下、死と隣り合わせの日常がもたらす緊張感から、二人の愛の営みは暴力的なまでに激しくなり・・・などとは、小説では描かれていない。易は佳芝に惹かれ、佳芝も知らず知らずのうちに易を愛してしまう。愛の記念に易は佳芝に指輪を贈ると言い、二人は宝石店に出かける。そこで佳芝の仲間は易を暗殺する計画だ。宝石店の店主はピンクダイヤの指輪を勧める。二人で指輪を選ぶー幸せの象徴のような行為が死出の旅の始まりとは皮肉なものだ。しかし決行の直前、佳芝は彼が自分を本当に愛していることを感じ取る。そして彼を逃がすのだ。暗殺を画策した学生たちは一網打尽にされ、銃殺される。もちろん佳芝も。易は、彼女は処刑される前、自分を恨んだだろうと追想する。だが”毒なき者、男にあらず”、このような男でなければ彼女も自分を愛さなかったに違いないとも思う。易夫人と、貿易商の妻を装った佳芝が、ほかの御婦人方と共に麻雀に興じる場面から始まった小説は、佳芝の処刑を知らない易夫人たちが麻雀卓を囲むところで終わる。何ともやるせない気分にさせる幕切れである。

張愛玲の小説は愛に関しては悲観的なものが多く、読み終わると淋しいような悲しいような気持ちに捉えられる。恐らく彼女自身にあまり幸福な愛の思い出がなかったためではないかと思う。張愛玲は1920年、上海の名門家庭に生まれた。父親は旧社会の貴族の息子で阿片を吸い放蕩三昧を繰り返し、進歩的で芸術を愛する母親とは全くそりが合わず、いさかいの絶えない夫婦だったという。また母親は幼い張愛玲を残してイギリスに留学してしまい、母親の留守中には芸妓上がりの女性が家に入り込んだそうで、彼女は温かい家庭を知らずに育った。ロマンチックなタイトルを冠しながらいい意味で読者を裏切る傾城の恋然り、愛し合いながらも結ばれない二人を描いた半生縁然り、彼女の小説の登場人物は、人間の手ではどうにもならない運命とでもいったものに翻弄され、そのがんじがらめの人生の中で束の間の愛に身を投じるが、愛によって幸福になりはしない。張愛玲はそれが人生なのだと諦観しているきらいがある。スパイでありながらその標的を愛してしまい、本分を投げやる佳芝は哀しい。易は易で、佳芝を殺さない選択もありえた。しかし自分の保身のためにはやむを得なかったと言い聞かせ、彼女は生きていても死んで亡霊となっても自分のものだと呟く。まさに毒なき者、男にあらずだ。

 

映画では、愛国主義の学生たちが傀儡政権のトップ暗殺を画策するなんてと荒唐無稽な印象を受けたものの、小説だと結構リアルだった。異常な状況下を借りての過激なアクロバティック・ラブ・シーンは打ってつけであり、映画をヒットさせるためには必要だったのだろう。しかし何と言っても一番心に残ったのは易役のトニー・レオン。全身から中年男の色気を発散させて見事だ。何が凄いって、ラブシーンよりスーツ姿のトニーの方が全然色っぽいこと。むかしむかし、やはりラブシーンが話題となったデュラスの”愛人”でも、ラブシーンは主演のレオン・カーフェィではなく代役を使ったというが、こちらもまさかトニー・レオンがあのラブシーンを演じたとは思えない。でもそんなことはどうでもいい。いい役者は脱ぐ必要などない、着衣で勝負の見本のような俳優だ。ラブシーンが大変だったであろう佳芝役の女優さんも綺麗だった。色・戒。身の破滅に至るとも情欲を抑えきれない人間という業の深い生き物に、張愛玲は欲望は慎みなさいとメッセージを残したのだろうか。思いもよらず愛し合ってしまう不倶戴天の二人が哀しい。

ある微笑 パリからリヴィエラへ…ひと夏の恋は甘くて残酷

20世紀のフランス人作家で最も商業的に成功したフランソワーズ・サガン。18歳で書いた処女作・悲しみよこんにちはの世界的ヒットで若くして巨万の富を得、時代の寵児になった。日本でも彼女の著作は多数翻訳され、多感な文学少女たちに多大な影響を及ぼしたと思われる。私も10代の頃悲しみよこんにちわを読んで衝撃を受けた。小説の内容にーというよりは、それを書いたのが18歳の女の子だという事実にだろう。もちろん、18歳の女の子が書いたとは俄かには信じがたい完成された小説世界に驚嘆したのも事実。彼女のその後の波乱万丈の人生は有名だが、21世紀の日本では彼女を知らない人も多いだろう。もともと裕福なブルジョワ家庭に生まれ、恵まれた少女時代を過ごしたサガン。幼い頃から大変な読書好きだったという。ペンネームのサガンは、彼女が最も敬愛した作家・プルーストの小説の登場人物からとったものである。デビュー作が大変な評判を取った後で彼女は、次の作品をみなが機関銃を構えて待っているのを知ってるわと語った。プレッシャーに押しつぶされることなく、いわば精神的包囲網を突破して発表されたのがこの”ある微笑”であり、個人的にはサガン作品の中で一番好きな一篇である。

ソルボンヌ大生のドミニックにはベルトランという同級生の恋人がいる。ある日ベルトランの叔父である旅行家の男性・リュックに紹介され、ドミニックは強く惹かれていく。彼は気軽に浮気を楽しめる男で、妻のフランソワーズの存在はそれと弁え、ドミニックを誘う。二人の男性の間で揺れ動くドミニックは、慣れ親しんだパリの街が違った顔を持っていることに気づく。恋する人間がよく経験するジャメ・ヴュの世界。ドミニックにとって、パリは美しい黄金色の硬い都であり、決して人に騙されない都。そのパリの明け方、夜通し遊び疲れてベルシイ河岸から眺めるセーヌ河は、おもちゃの中に座った悲し気な子供のよう、と何とも心憎い表現をするサガン。ベルトランの別荘に招待されたドミニックはリュックとフランソワーズと共に休日を楽しむ。ドミニックは、まだ海を見たことがないと言ってみなを驚かせる。するとリュックはすかさず、見せてあげるよ、と言う。女心を知り尽くした男の手管。夕食後、リュックがドミニックを散歩に誘い、二人は初めてキスする。ベルトランの場合、キスはすぐに次の欲望に取って代わり、不要になってしまう、いわば欲望の一段階でしかないが、リュックとのキスは何か尽きることのない満たされたものだった、と成熟した男性の恋のマジックに落ちていく女性を表現するサガン。熱いキスに酔いながら、”私は自分が怖かった、彼が怖かった、その瞬間でないすべてのものが怖かった”と言うドミニックは、幸せを永遠に保存することなどできないとわかっている。幸せの絶頂にいてもただそれに浸りきるのではなく、かけがえのない時間が過ぎ去り、失われることへの恐怖を覚えてしまうのは人間の性だろう。

フランソワーズ・サガンは24歳で最初の結婚をしており、その相手はギ・シェレールと言う大手出版社アシェットの重役で、彼女より20歳近く年上だった。夜遊びが大好きな妻と早朝から乗馬に出かける夫ではライフスタイルが違いすぎ、結婚生活は長くは続かなかったものの、彼女は若いときから中年男の魅力に敏感だったのだろう。悲しみよこんにちはの男やもめの父にしろ、ある微笑のリュックにしろ、サガンの小説で魅力的に描かれているのは中年男性ばかりで、若い男は頼りなく、時に滑稽なカリカチュアとなっている。ドミニックは初めて会ったリュックを、灰色の瞳を持ち、疲れた様子をしていてほとんど悲し気だった、ある意味で彼は美しかった、と描写している。早熟な文学少女・サガンらしい感性だ。自分に置き換えてみると、若い頃は若くて見栄えのいい男の子にしか興味はなかったので、ある微笑を読んでいてもなぜこんなおじさんがいいのかと不思議でならなかった。本題からは逸れるが、実家に帰省したドミニックが川で水切りをする場面がある。水切り=ricochet。ちょうどそのころ、ボウイのアルバム・Let’s danceが流行っていて、その中にRicochetという歌が収録されていた。相乗効果でricochetがいともたやすく記憶に刻まれたのが嬉しかった。

閑話休題。夏休みを実家で過ごしていたドミニックはリュックから、今アヴィニヨンにいますとの手紙を受け取る。迷うことなくアヴィニヨンに向かうドミニック。しかし田舎の両親の家を発つ時、初めて両親の庇護の外に出る気がしたという彼女はやはり不安だったのだろう。アヴィニヨンからリュックの車でサン・ラファエルに向かう途中、ドミニックにとって初めての海が広がる。素晴らしい景色。海の美しさに驚嘆する一方で、ドミニックはリュックが得意気に海を見せて彼女の反応をうかがうのではないかと恐れた。リュックは、ただ海を指さして、ほら海だよ、と言っただけだった。そのさりげなさ。かっこよすぎるおじさんリュック。二人の傍らで夜の海は灰色になるまで褪せていく。ここはある微笑の中で一番美しいシーンだと思われる。カンヌの高級ホテルに投宿し、昼間は海を、夜はバーでの時間を楽しむ二人。休暇はいつしか終わる。二人はここが旅先だということを正視したくない。パリに戻ればお互いそれぞれの場所に帰るしかないから。そんなことには慣れっこのリュックはそれでよかった。しかしドミニックは本気で彼を愛するようになってしまう。

パリでは、何事もなかったように再びリュック、フランソワーズ、ベルトランとで昼食を共にするドミニック。リュックはカンヌでよく聴いたレコードをかける。二人の思い出が詰まったレコードだ。このメロディーが大好きだと言ってドミニックに微笑するリュックにとって二人の愛はもう過去のものだった。ドミニックの変化に薄々気づいていたベルトランは彼女を去り、ドミニックは独りぼっちになってしまう。孤独と苦しみの日々。報われない愛。しかしある時彼女は鏡に映った自分の顔に微笑みが浮かんでいるのに気づく。彼女は声に出して呟く。独り。独り。でもそれが一体なんだ?私は一人の男を愛した一人の女だった。それはごく単純な物語で、もったいぶることもないのだ。多くは語りたくはないのよ、とばかりにシンプルに一つの愛の物語を終わらせるサガン。10代の自分にはとってもおしゃれな大人の世界に思えて、悲しみよこんにちは以上にこの作品に惹かれたのだった。

数年前、サガンの人生が映画化された。とにかく女性とは思えない破天荒な生き方をした人なので、映像化するにはうってつけの素材だったと思う。彼女の書いた小説以上にドラマチックな人生なのだ。早すぎた成功がその後の人生を狂わせたのか、彼女が引き起こしたスキャンダルの数々は、若くして成功を収めた聡明な作家の仕業とはとても思えない。1954年からの4年間にサガンが手にした印税は当時の日本円にして約1億円と言われ、彼女はそれをスポーツカーに、ナイトクラブに、ギャンブルに、湯水のごとく使った。気前のいい彼女は、友人や見知らぬ人にまで大盤振る舞いをしたという。古きよき時代のお嬢様、パリジェンヌって感じ。彼女は物凄いスピード狂で、そのために自動車事故を起こし九死に一生を得ている。そんな大事故にも懲りず、その後も夜のパリを200キロで飛ばすのが好きだったってやはり普通ではない。また、無類のギャンブル狂でもあり、家を担保に入れたり、一夜で何億もすってしまったり、フランスの賭博場から出禁を食らえばロンドンにまで出かけていくという情熱の持ち主だ。”賭博”というタイトルでエッセイもものしている彼女は、21歳(当時の成年)になったその夜、意気揚々と初めてカジノの扉を叩いたと書いている。根っからのギャンブル好きだったのだろう。映画では、生前彼女が公にしてはいなかった同性愛のことも描かれていた。サガンはバイセクシュアルだったようで、より女性を愛した。ペギー・ロッシュという女性が長年に亘るパートナーで、癌で彼女を失ったときは半狂乱に陥った。晩年は莫大な借金と孤独に苛まれ、薬物中毒でもあったサガンは、準備していた自らの墓碑銘をこう結んでいた”人生と作品を手際よく片付けたが、その死は本人だけの事件だった”。2004年、心肺代謝不全で69歳で死去。

若き日、我が世の春を楽しんだ人も一生幸せに過ごせるとは限らないが、サガンが晩年、失意の底に沈んでいたとは胸が痛む。華々しい栄光とのギャップがよけい悲しい気持ちにさせるのだろう。人並み外れた才能に恵まれながらそれを計算高く使うことを知らず、人に食い物にされたところもあった人生だったのか。しかし、長い間人生を楽しみ、遊んだので何も後悔していないと言い放つ頼もしさがまたサガンの魅力でもある。写真を見ると、左右の目の大きさが少し違う。そういう人には天才が多いと聞いた。誰よりも聡明なその目で、人間を、人生を見つめて生きたサガン。衝撃のデビュー作が10代の女の子を主人公に夏のまばゆいばかりのフレンチ・リヴィエラを舞台にしていたせいか、今でもサガンというと、過ぎてからこそわかる祝福された季節・青春の輝きが蘇ってくる。

澁澤龍彦讃ー暗黒の芸術史の扉を開けた博覧強記の鬼才

1980年代、フランス文学を学んでいた私にとっては神のような存在だった博覧強記の鬼才・澁澤龍彦。当時フランス文学を専攻していながら彼の名を知らない者はいなかったのでないだろうか。フランス文学者で小説家、評論家であったと同時に、文学、絵画、映画等芸術全般に亘って文部科学省が推薦しないような作品を日本に紹介した第一人者である。当時は仏文の澁澤龍彦、独文の種村季弘がマニアックな文学者の二大巨頭だった。(双璧を成す孤高の生田耕作氏は少し毛色が違うか)澁澤龍彦の訳業として恐らく最も有名なサド作品を始め、シュルレアリスムのアーチストやマンディアルグ、バタイユを知ったのも彼を通してだった。いわば暗黒と異端の芸術史を案内してくれた彼に夢中になり、むさぼるように著作を読んだ。私は特に翻訳と評論が好きで、自宅の本棚には澁澤龍彦の名前を冠した本がずらりと並んでいた。彼が還暦を待たずして亡くなったときはショックだった。早すぎる死。もっともっと色々な知識を与えてほしかったのに。

澁澤龍彦の死後発売された追悼本で、彼の最初の妻だったやはり文学者で詩人の矢川澄子さんの追悼文を読んだ。それで矢川さんに興味を持ち、彼女について調べたら・・・澁澤ファンとしてはショッキングな事実を知った。約10年間の結婚生活の間に、澁澤は矢川さんに何度も堕胎を強いていたのだという。矢川さんが、堕胎してもすぐにまた妊娠してしまう健康な体が恨めしい、と嘆いた文を残しているのを見て胸が痛んだ。澁澤は、家庭に縦の関係を作りたくないと言ったという。また、女は母親になると堕落するという、いかにも昭和の知識人が好みそうな持論を展開していた。自著で、自分は大学で教鞭をとるようなタイプではないから著述だけで食べていくのは大変だと書いていたが、経済的事情もあったのかもしれないし、第三者には彼が実際何を考えていたのかはわからない。のちに矢川さんは70を過ぎた頃自死してしまう。縊死だったそうだ。澁澤の死以上にショックを受けた。勝手な憶測に過ぎないが、一人でも子供がいれば矢川さんは自死など選ばなかったのではないか。澁澤も罪な男だ。

それをきっかけに澁澤龍彦に対する追慕が一気に薄れ、あれだけ集めた本もほとんど手放した。”太陽”で出していた特集本など素敵だったのに・・・フランス文学を読むことも少なくなった。時は流れ、2000年を過ぎたころ。偶然、自宅に奇跡的に一冊だけ残っていた澁澤の訳本・ユイスマンスのさかしまを読み、澁澤らしい美文に圧倒された。そしてしみじみと思ったー芸術というのはおそらく何の意味もないのだろう。だがただひたすら美しく、人を救う、と。かつては神のごとく崇めた澁澤龍彦を違う目で見た時代もあったものの、彼はやはり日本のフランス文学ないし異端芸術愛好家のヒーローだと思う。彼が後生に与えた影響は計り知れない。蛇足ながら、写真を見ると若き日の澁澤龍彦と矢川さん、物凄くお似合いだ。ある意味似たもの同士だったのだろう。現世では紆余曲折を経て別れた二人だが、文学を志した同志としてその魂はどこかで結ばれているのではないかと思ってしまう。

サビーヌ マンディアルグが言葉の贅を尽くして描く少女の孤独

10代、20代、背伸びしたい盛りの頃大好きだったピエール・ド・マンディアルグ。初めて読んだのは海の百合だっただろうか。めくるめく官能の世界にのめり込み、夢中で彼の作品を読み漁った。邦訳が出ているものはほとんど読み尽くし、その後難解で泣かせる原文にも挑んだものの、やはり難攻不落の観があり苦戦した。他に例を見ない特異な持ち味に惹かれずっと畏敬の念を抱き続けてきた作家。中でもこのサビーヌは、短編で最も好きな作品の一つである。ほとんど行きずりの相手にホテルの一室で身を任せ、その部屋で2回目の密会の前に命を絶とうとする10代の女の子・サビーヌの話。少年の孤独はよく小説のテーマになるが、こちらは少女の孤独を描いていて珍しい。

森の県道沿いにあるそのホテルの部屋は内装が真っ白で、川獺の剥製が壁に釘付けにされている。別名川獺の間。純白の空間に無力な犠牲者。サビーヌの姿に重なる。川獺の間の白さを”雪と氷と銀とからできているかのよう”って表現する感性に痺れる。そもそもマンディアルグの場合、煌く感性が随所で炸裂しているので、最初から最後まで痺れっぱなしと言っても過言ではないのだが。その輝く白さが血しぶきで汚されるーぞっとするような血溜まりの中にタオルが浸かっているーこの対比の美しさ。おまけにバスタブに張った熱湯の湯気のために、湿った紙に描かれた淡彩画の絵の具のように血があちこちで滲んでいる。眩暈がしそうである。サビーヌは破瓜を体験したその部屋で、同じように流血によって死のうと思う。最後に鏡に自分の姿を映してみようとするが、相手の男・リュック中尉の面影が浮かんできて通せん坊をし、うまくいかないーこれも痺れる表現である。

リュックはある夕暮れ、森のベンチで暇をつぶしていた彼女を偶然見つけ、いきなり抱き寄せてキスした。サビーヌはいたく感動した。それまで彼女にキスした男は一人もいなかったからである。ただそれだけの理由で彼女は彼についていった。リュックはホテルの庭でつかみ取ったまだ青く硬いすぐりの実を無理やりサビーヌに食べさせる。涙が出るような代物。一度きりの乱暴な行為のあと、欲望を満たしてしまえば男は彼女に用はなく、機嫌を損ねては彼女を殴り、ホテルに置き去りにさえする。リュックは度々そのホテルで相手を変えては情事を楽しんでいたのだった。二度目の約束の日を迎え、明日が来る前に死んでしまおうとそのホテルを目指して歩く彼女を車のライトが照らし、彼女の影は突然素早く遥か前方に投げ出される。それは彼女が深部までずたずたにされた記憶の残る浴室で血管を断ち切ることによって自分の肉体から引き離そうとしている生命の姿でもあるかのようー慄然とするイメージだ。続いて彼女の流血の歴史が語られる。サーカスの綱渡り芸人を真似て月明かりを浴びて塀の上で飛び跳ねようとして失敗し、鉄柵に落ちたとき。ボクサー犬に噛みつかれたとき。彼女の母親は彼女を産み落とす際に亡くなった。まさに流血で命を落としたのだ。流血の歴史は女人の業の歴史でもある。

サビーヌが白銀の部屋のバスルームでおそらく命を失おうとしている頃、ホテルの前の砂利道が暗闇から浮かび上がる。月を覆っていた雲が、まるで自分と同じ背丈の灯台のガラスをゆっくり拭いている巨人の手に握られたスポンジのように、だんだん遠のいていったからだ。そしてホテルの庭はむごいばかりの黄色い月明かりで満たされるーこの描写には陶然となる。雲はサビーヌの意識のように徐々に遠ざかり、代わりに隠れていた月が凄まじい失血の如き鮮烈な色彩を与える。小さな狐が羊歯や木賊を踏んで灌木の下へ走り去り、毒茸が苔の上に顔をのぞかせている。最後、マンディアルグは、今の季節が終わるまでには、庭のすぐりの実は胸がむかつくぐらい酸っぱくなっていることだろう、と結ぶ。初めて読んだのは10代も終わりに近い頃で、頭に血が上って動けなくなるような衝撃を覚えた。学校で推奨される小説にはない悪魔的な魅力に圧倒された。特にこの最後のパラグラフが好きだ。月の光で煌々と照らされる道。小動物の姿。毒々しい茸。爛熟の果てに腐敗していくすぐりの実。寂寥とした光景。孤独な少女が破瓜から死に誘惑されていく様子と相俟って、戦慄を覚えるほど美しい。

マンディアルグはよく(その活動時期から時代的に)遅れてきたシュルレアリストと称された。燦然と輝くイメージ描写は確かにシュルレアリストチック。彫心鏤骨の作業を重ねる創作過程は自動記述から出発したシュルレアリスムの作家とは一線を画しているようだが。特に視覚から得た情報を言葉の贅を尽くして語るのが特徴的なマンディアルグ。そこには心理描写などなく、一切の倫理的解釈を拒否している。読者にとっては彼の作り上げた極上の架空庭園に遊ぶことが何よりの幸せである。ちなみに私はマンディアルグと誕生日が一緒なのが思いっきり嬉しかったりする。

家長の心配 無限の解釈を許す迷宮のダークファンタジー

カフカの短編。私にとってカフカは最も魅了される作家の一人で、彼が描いたワンダーワールドは何度読み返しても飽きない。初めて読んだのは遠い昔、新潮文庫の100冊に入っていた”変身”で、人間が毒虫に変身するという荒唐無稽な話に魅せられた。その後”審判”、”城”を読んで、カフカへの興味はさらに増した。特に審判だろうか。理不尽な展開で思いもよらぬ結末に呼び寄せられるK。Kとはカフカ自身だろうが、彼は終生精神の迷路をさまよい続けたのだろうか。20世紀には不条理という言葉が流行った。カミュのペストや異邦人と並んでカフカの諸作品も不条理文学の代表とされた。今は耳にすることもなくなった言葉である。

”家長の心配”は、”オドラデク”と呼ばれる謎の物体に気を病む男の話。日本語訳でほんの数ページの作品である。オドラデクという意味不明の名前を持つ、壊れた小さな糸巻きに似た物体(でも口を利いたり、動いたりする)が、神出鬼没の行動をとる。男の家の中を転々としたかと思えばしばらく姿を見せず、でも必ず彼の家に戻ってくる。相手が小さいので、子供に話しかけるような口調で名前を尋ねると、”オドラデク”と答え、どこに住んでいるの?と聞くと、住むところなんて決まっていない、と言って落ち葉がカサカサいう音のような笑い声を響かせる。そして会話は終わってしまい、何の進展もなく、オドラデクは再び姿を消したり現したりを繰り返す。男は、何の意味も目的もなく存在しているかのようなオドラデクが死ぬことなどあるのかと疑問に思う。生きとし生けるものは全て時と共に成長し、死に向かって進んでいくーしかしオドラデクにはそれはあてはまらない。自分が死んだあともオドラデクが生き残るだろうと考えるだけで、男は複雑な気持ちになる。なんとも奇妙な話だが、心に残る。カフカは一貫して因果律を排した世界を語り、無意識のうちに整合性を求める読者を惑わせる。それはファンタジーでもある。不気味な、無限の解釈が可能なダークファンタジーである。

オドラデクについて考えると決まって徒然草に登場する白うるりのエピソードを思い出す。僧侶が、ある法師を見て“白うるり”という名をつける。聞き手がそれは何の意味だと尋ねると、僧侶は、自分もそんなものは知らない、もしそんなものがあるとすればこの法師の顔に似ている、と答える。禅問答のよう。オドラデクの話に通底するものがあると思う。語感が面白くて笑いを誘うが、これも人間を不安に陥れる、正体不明の存在の表象だろう。オドラデクと白うるりは長いこと私の中で不条理の象徴だったが、割と最近新たに加わったのが村上隆のkaikaikikiだ。オドラデクと白うるりが滑稽な要素を備えながらも不条理の陰の部分だとしたら、kaikaikikiは陽!謎の存在ではあれ人々をハッピーにする。kaikaikikiを生み出した奇才・村上隆は、吉田兼好、カフカの衣鉢を継ぐ者かも知れない。

 

蛇足ながら、村上隆がLVとコラボしたモノグラムのマルチカラー、私は大好き。発表当時の参道LVでのプロモーションも素敵だった。今も15年近く前のマルチカラー・スピーディを愛用している。

 

南京の基督ー神の視点に立つ不幸

この小説を読んで、故・虫明亜呂無氏が自著で芥川龍之介について書いていたのを思い出した。芥川が若き日に詠んだ俳句に感銘を受けた虫明氏いわく、彼は早くからすべてを冷静に観照する心を身に着けていたという。なるほど、芥川の卓越した知性を痛感させる作品だった。主人公の旅行者は訪れた南京の街で、病弱な父を養うために娼婦として働く少女に出会い、身の上話を聞く。彼女には客から移された梅毒を患った過去がある。当時は誰かに移せば治るという迷信があったため、ほかの娼婦たちから客をとるように促されるが、敬虔なキリスト教徒である彼女は頑なに拒む。そんなある日、キリストに面影の似た西洋人が客として訪れる。彼女は彼を受けいれるが、翌朝目覚めると彼の姿はなかった。それ以来彼女の梅毒は治り、彼女は彼をキリストだったのではないかと思うようになる。旅行者はその男を知っていた。南京で娼婦を買い、金は払わずに逃げたと吹聴していた質の悪い男で、梅毒を病み発狂したのだった。今でもその男をキリストだと信じている彼女を前に旅行者は、真実を話して彼女を啓蒙してやろうか、それとも何も告げずに彼女の幸せを守ってやろうか迷うのだったー

自分だったらどうしただろう?人間は神の視点に立ってしまったら幸福にはなれない。自分が信頼している相手は自分を裏切っているかも知れないし、哀れみを請いながら陰で舌を出して笑っている輩もいるだろう。世界を俯瞰することほど恐ろしいことはない。幸せは無知の上に成り立っているとも言える。色々な事情があったにせよ、芥川が若くして自死を選んだ理由の一つは、この神の視点に立ってしまったことなのではと思えてならない。そのために、彼が常に抱いていた人生に対する深い懐疑から抜け出せなくなったのではないだろうか。

1990年代に香港で映画化されている。全体に芥川へのオマージュを散りばめたような作品で、原作とは少し設定が違う。ヒロインの娼婦には富田靖子が扮し、セリフは吹替だろうが言葉の壁を超えた名演だった。彼女と愛し合う作家にはレオン・カーフェィ。日本人役を中国人が、中国人役を日本人が演じるというのも面白い。デュラスの”ラマン”公開時には、日本の映画ファンの間では誘惑と官能の貴公子のようにもてはやされていた彼だが、個人的には卑猥すれすれ、下品すれすれのエロスだと思った。でもこの映画の中では和服がよく似合って文句なしにかっこよかったー私の記憶が正しければ。ラスト、死を選ぶ彼=芥川の姿が哀しい。スタイリッシュな映像も印象的な一編。

余談ながら・・・25年くらい前”ラマン”を見た帰りに女性誌を読んでいたら、誰かが、”ラマンには参った、愛人を演じる俳優が大助花子の大助にしか見えず・・・”と書いており、電車の中で涙が出るほど笑い、その後約半年にわたり思い出しては笑い続けた。確かにレオン・カーフェィ大助に似ている。。。大助が愛人を演じるラマンって想像するだけで笑える。