青山から原宿へ・・・CHANEL 表参道店の君

青山から原宿を目指して表参道を歩くのが好きだった頃。銀座線表参道駅A5出口を出て、まずは根津美術館方面へ向かう。起点となるのはマンションの一角に店を構える、朱赤の内装が印象的なマニアックな古本屋さん・日月堂。初めて行った時、30年ぐらい前に訪れた京都の古書店・アスタルテ書房を思い出した。四谷シモンの人形が飾られた異次元の世界に怪奇・幻想文学の著作が所狭しと並んでいた店内は今も忘れられない。澁澤龍彦、生田耕作といった、フランス文学愛好家にはたまらない御大諸氏の作品群に熱狂したものだ。その時対応いただいたご店主は亡くなられ、廃業する旨を伝え聞いたが、どうやら存続されているようで嬉しい。日月堂にも、オーナーの趣味を反映した格調高い芸術作品や印刷物が並ぶ。紙のメディアが知性の聖域に君臨していた時代にしばし思いを馳せ、次の目的地へ。

フロムファーストの地下一階、今はない個性的な帽子屋さん・アナスタシア。ネックウォーマーになる帽子とか、何通りもの被り方を楽しめる帽子など、カスタマイズできるデザインの数々が新鮮だった。プードル、シュークリーム、ミシェルー帽子につけた名前も素敵で、スタッフの方たちの熱い帽子愛を感じた。それらを大きな木にハンギングするディスプレイがまたおしゃれ。それも決して取り澄ました感じではなく、温かみのある空間だった。忘れてはならないのは猫をモチーフにしたユーモラスな小物たち。猫好きならではの作品だろう、可愛らしかった。今は販路を拡大したようで、デパートでアナスタシアの帽子を見かけるようになった。そのたびにあの青山の店舗に足繁く通った日々を懐かしく思い出す。アナスタシアを出てしばらく歩き、白亜の宮殿と見まがうイタリアの高級ランジェリーブランド・ラ・ぺルラのフラッグシップショップへ。プロデュースするフレグランスの香りが店の外にも漂う贅沢な空間。女性もののゴージャスなインナーや部屋着は言うまでもなく、ジローラモがお得意さんとかで、彼に似合いそうなメンズのラインナップも充実していて目を見張る。私は男性の顧客氏を見ているのが好きだ。雑誌・レオンの世界を体現しているいかにもって人々が多いのだ。

ラ・ぺルラを出るころにはもうかなり疲れているものの、246を渡ると足が向いてしまうバーバリー。私はトレンチコート命でもある。できることなら一年中トレンチを着て過ごしたいほどだ。高温多湿の日本の夏にそれは叶わないものの、トレンチ愛に憑かれた私にはバーバリーは素通りできない聖地である。そのすぐ近くのLVも長年の愛好者とあっては素通りできない。村上隆とのコラボ時、Kaikaikikiを用いた夢の如しのkawaiiパフォーマンスに酔い痴れ、草間彌生とコラボ時の草間女史の等身大人形には度肝を抜かれた。本当に草間女史が立っているのかと思ったくらい迫真の出来だった。そんな調子でその辺でもう疲労困憊、表参道ヒルズを含め、その先の表参道にはそれほどの思い入れもなかったのに・・・ある年の年末、華やぐシャネルに吸い寄せられた。相変わらずのツーリストの群れ。彼らに負けるまいとスタッフに声をかけたら・・・それに反応してやってきた男性スタッフを見て息を呑んだ。細身の長身。長い手脚。180センチは優に超える。漆黒の黒髪に黒々と濡れたような瞳。久しぶりに黒目がちという言葉を思い出した。背中に薔薇の花束とキラキラお星さまを連れて少女漫画から抜け出してきた王子様のよう。最も美しいものは見る者に喜びだけでなく、悲哀や不安も感じさせずにはいられないものだろうとのヘルマン・ヘッセの名言通り、彼を見て私は不安になった。時間よ止まれ!この人が年を取るのを見たくない、と思ったのである。

名札を見ると中国の名前。中国の麗人!北京に住んでいた頃、彼の地で見た麗人たちを思い出した。天安門広場で毎日日昇・日没に行われる国旗掲揚・降納のセレモニー。それを執り行うのはみな20代と思しき国旗護衛隊の若者たちで、見目麗しく身長は184センチだかに統一された人選だ。まっすぐ前を向いて行進する制服姿が眩しく、何度も見物しに行った。当時、タイタニックのヒットでディカプリオが人気を博していたが、もしタイタニックの船上でディカプリオと国旗護衛隊の青年に出会ったら、迷わず後者と恋に落ちたいなどと思ったものだ。さすが中国、首都・北京には全国から美男美女を集めるのである。高級ホテルの従業員なども然りで、まさに全体主義的。そこは日本とは違い圧倒的母数を誇る中国、美貌の逸材を多く擁しているのは羨望に値する。シャネルの彼を見て、その国旗護衛隊の青年たちの姿が頭をよぎった。きちんとした応対、言葉遣い、美しい所作。聞けば確かに中国出身で、幼少時に日本に移住したのだという。どのハイブランドも表参道には特に容姿端麗・眉目秀麗なスタッフを配している中で(なぜか銀座よりもその傾向は強い)、その彼は抜けて美しかった。ああいう人を見て詩人は詩を詠むのだろう。それ以来、表参道ツアーの最終目的地はシャネル表参道店となり、彼に会うたび私は眼福を得た。不思議なもので、すっかり忘れていた北京語も彼と話すときは自然に口をついて出た。しかしその幸せも束の間・・・数か月後、彼は退職してしまったのである。今まで数えきれないほど言ってきた再見の中で、彼に言った再見ほど悲しいものはなく、人生で一番胸を抉った再見となった。(大袈裟か”(-“”-)”もう会えないのは淋しい限りだが、一方で、この人が年老いていくのを見たくないという最初の願いが期せずして叶ったわけで、それはそれで幸せなことなのか。王子様は記憶の中で永遠に王子様でいてほしいーなどと勝手に思っている。