ティファニーで朝食を カポーティが描く都会のおとぎ話

子供のころ、この映画を観てこんなに素敵な世界があるのかと強烈に憧れました。冒頭、ジヴァンシィのシックな黒いドレスを身にまとったホリー役のオードリー・ヘプバーンが、ティファニーの前でコーヒーを片手にデニッシュペストリーを食べるシーンは20世紀の映画ファンにはあまりにも有名ですね(ゴージャスな衣裳と紙コップのコーヒー、デニッシュとのギャップが新鮮でした)。様々な色が混じり合った髪、オーバーサイズのサングラス、首には何連だろうか贅沢な真珠のネックレスにダイヤ。彼女を飾る小道具も素敵で、どれも当時の日本の子供は見たこともないものばかりでした。

トルーマン・カポーティという原作者の名前を知ったのは中学生の頃、書店でティファニーで朝食をの文庫本を見つけたときです。表紙には例の黒いドレスを着たヘプバーンがあしらわれていました。小説は、今は作家になった主人公が駆け出し時代に住んだ部屋を懐かしく思い出すシーンから始まりますが、この立ち上がりがわくわくしますーごちゃごちゃした、古い、陰気な部屋だが、ポケットに手を入れてこの部屋の鍵に触れるといつも気持ちが昂揚した。初めての自分自身の部屋で、自分の本があり、鉛筆立てには削られるのを待っている鉛筆があり、作家になるために必要なものすべてが揃っているように思えたからー希望に満ちた若者の活力が生き生きと感じられます。そのアパートで彼の下の階に部屋を借りていたのが魅惑のヒロイン・ホリー・ゴライトリー。いつも鍵を忘れて、深夜帰宅すると上階の彼の部屋の呼び鈴を押し、ドアを開けさせたホリー。彼が彼女の部屋の表札を覗くと、そこには名刺がはさんであり、ミス・ホリディ・ゴライトリー(Holiday go lightly、お休みの日は楽しくいきましょう)、トラヴェリングと印刷されていました。旅行中とは何とも軽妙な。

白子のようなブロンドと黄色、黄褐色と自分で複雑に染め上げた髪、朝食に出されるシリアルのように健康的な雰囲気で、石鹸とレモンの清潔さがあり、頬はピンク色に輝いているホリー。子供時代は過ぎたがまだ大人の女にはなりきっていない顔つきで、16歳にも30歳にも見えるー実際にはもうすぐ19歳。この描写からはオードリー・ヘプバーンの顔は思い浮かんで来ませんが、初めて会った時のホリーー細身の黒いシックなドレスに黒いサンダル、小さな真珠のネックレスを身に着けて、いかにも上品で細い体つきをしていたーこの一節を読むと、ジヴァンシィのリトルブラックドレスに身を包んだヘップバーンが登場してしまいます。

全編を彩る煌くようなホリーのエピソードはどれも何度読んでも飽きません。先述したホリーの外見描写をはじめ、ピカユーンという謎めいた銘柄の煙草を喫って、カテージチーズとメルバトーストが主食だとか、良家の子女とは程遠い生活ぶりも眩しいものです。結婚する約束だった金持ちの御曹司の子供を流産し、入院した彼女を見舞った主人公は、彼女は12歳にもなっていないようにピュアで、雨水みたいに透明な瞳をしていたと綴ります。件の恋人からの別れの手紙を前に、一気に年老いたような表情を見せるホリー。女っていうのはこの手の手紙を口紅もつけずに読むわけにはいかないのよ、と主人公に引き出しから化粧ポーチを取り出させて化粧し、悲しみに向け完全武装します。粋な強がりですね。

後にカポーティのインタビュー集を読んで驚いたのですが、彼はティファニーで朝食を、をミスキャストだらけ(特に日本人写真家を演じたミッキー・ルーニー)でへどが出るなどとこきおろし、ヘプバーンをホリー役に起用したのは製作者側の背信行為だと糾弾しています。ヘプバーンとカポーティは非常に親しい友人同士だったものの、カポーティ曰く、ホリーは、シックで痩せた、骨ばった顔をしたヘプバーンとはタイプが違う。彼女はとても頭のいい女の子だがヘプバーンとは全く違う意味で頭がいいのだそうです。当初カポーティは妖精のようなヒロインにマリリン・モンローを望んでいたといい、後には、ジョディ・フォスターがホリーに打ってつけだと語っています。社会派映画でアカデミー賞を二度受賞した彼女とホリーはかなりかけ離れているように思えますが、少女の頃、タクシードライバーやダウンタウン物語に出ていたころの彼女はほわーんとした雰囲気で、カポーティは当時の彼女を思い描いていたのだでしょうか。モンローにせよフォスターにせよ、いかにもシックで痩せている、という印象はないのですが。。。ホリーは南部からニューヨークにやってきた女の子で、カポーティはアメリカの南部美人を想定していたのでしょう。それをヨーロッパ出身のヘプバーンが演じるのでは素地が違い過ぎたのかも知れません。以前さゆりというアメリカ映画がありました。日本の芸者の物語で、主人公の芸者を中国の国際スター・チャン・ツィイーが演じると聞いて違和感を覚えました。そのとき、カポーティがティファニー・・の映画版に激怒したのもわかる気がしました。

いずれにせよ、小説が世に出たとき、この魅力的なヒロインは熱狂的な支持を受け、カポーティの周りにいた社交界の女性たちは、自分こそがホリディ・ゴライトリーのモデルだとこぞって主張したといいます。カポーティとしては、彼が憧れていたプルーストが失われた時を求めてで試みたように、さまざまなモデルをホリーに昇華させたのでしょう。1950年代の自由で奔放な女性像というと、ヨーロッパではフランス、悲しみよこんにちはでサガンが描いたセシル、日本では原田康子が挽歌で描いた怜子などが思い起こされます(未読ですが、日本ではやはり50年代に、岩橋邦枝という作家が逆光線という小説で奔放な女性を描いているそうです。素敵なタイトルですね)。二人とも若さゆえの無分別の報いを受け、青春の終わりが暗示されているのに対して、ホリーは野性のイノセンスを保ったまま姿を消してしまいます。ホリーのその後の人生は語られていませんが、主人公はホリーを、共に過ごした若く輝ける日々の中に封印してしまいたいのでしょう。あのホリーが年を重ね、中年の失意を味わうなんて考えたくない。ホリーは現実の世界の桎梏から解き放たれた、天衣無縫な永遠のアイコンとして生き続ける。カポーティの描いたティファニーで朝食をは、めでたしめでたしで終わるわけではないものの、都会のおとぎ話でもあります。

よく知られているように、カポーティは同性愛者でした。女性を性愛の対象として見ないせいか、彼の女性描写には乾いたタッチの洗練が感じられ、そこも彼の小説の大きな魅力だと思います。ヘテロセクシュアルの世界とは別の愛の形。ティファニー・・・でも、随所にプラトニックラブが語られています。主人公とホリーがよく通ったバーのマスター・ジョー・ベルは、ホリーのことを、”体に触れたい”なんて欲望とは無縁の感情で好きだったと言います。カポーティ自身を投影した主人公の作家がホリーに抱いていたのも恋愛感情とは別のものでしょう。ホリーが、いつか自分の子どもたちをたくさん連れてまた帰ってきたいと語る大好きな街・ニューヨークへの愛、昔田舎で結婚していたホリーが年の離れた夫の家を飛び出した後、飼っていたオウムが”ルラメー、ルラメー(ホリーの本名)”としきりにホリーを恋しがって鳴いたというエピソード、捨て鉢になったホリーが飼っていた猫を雨あがりのハーレムで捨て、しかしすぐに後悔し、猫を探し歩いてあの猫と私はお互いのものだった、あの猫は私の猫だったと呟くシーン、みな温かいプラトニックラブで溢れています。

画像を入れるとどうしてもカポーティがくさした映画の印象が蘇えりますが、映画は映画で当時のニューヨークの街並みが美しくも軽やかに描き出され、小説と別物として見れば楽しいものです。(カポーティは、そんな魅力的な作品に仕立てた監督のブレイク・エドワーズを最低の男などと貶していますが(+_+))それにしてもオードリー=ホリーのティファニーファッションを真似した有名人のショットがたくさんあるのに驚きます。シックと洗練の極みと言ったスタイルを再現する企画には共感するものの、どれも本家オードリーには遠く及びません。マリリン・モンローそっくりさん大会と同じようなものでしょうか。オードリーにせよマリリンにせよ、エピゴーネンの出る幕はない本物の魅力とはこれかと思います。ちなみに、素敵なタイトルはカポーティが小耳にはさんだエピソードに基づいているそうです。第二次大戦中のニューヨーク、ある土曜の夜。一人の中年男が海兵とデートした。彼は海兵のたくましい腕に抱かれて至福の時を過ごし、興奮さめやらず、感謝を込めて何か贈り物をしたいと思った。しかし二人が目覚めたのは日曜の朝で店は全て閉まっていた。彼ができることといえば海兵に朝食をごちそうすることぐらいだった。彼は海兵にどこか行きたい店はある?この街で一番豪華で高級な店を選んで、と言った。するとニューヨーカーではなかった海兵は、ニューヨークでおしゃれで高級な店といったらその一軒しか聞いたことがなく、じゃあティファニーで朝食をとろうと言ったのだった。

ティファニーがどれだけ有名だったかと言う話ですね。